8話目「迷走まっしぐらな奴」
前にも言ったように、
十字軍は正式な軍隊ではない。
国家の正規軍でもなければ、
統一された指揮官もいない。
あくまで――
自発的な巡礼者たちの寄せ集めだ。
貴族たちはそれぞれ、
自分の兵を連れてきているだけ。
命令系統なし、最終決定者なし、
さらに全員「ほぼ王様」
という、
揉めない方がおかしい構造だった。
アンティオキア到着後。
十字軍の三大諸侯――
ボエモンド
サン=ジル
ゴドフロワ
は会議を開いた。
議題は一つ。
「このクソでかい城、どう落とす?」
結論は明快。
包囲戦。
正面攻撃は無理。
時間をかけて締め上げるしかない。
全員、同意した。
各々が好きな包囲する位置につく。
攻撃のタイミングは一斉に。
……そのはずだった。
ボエモンドの陣営。
「報告ー!!」
兵士が駆け込んでくる。
「サン=ジル軍が……
出撃準備を整えております!!」
ボエモンド
「……は?」
どうやらサン=ジル
包囲戦に同意しつつ、
自分だけ先制攻撃を仕掛ける気だったらしい。
理由?
嫉妬だ。
サン=ジル軍は、
諸侯の中で最大規模。
そしてサン=ジル本人は、
自分より10歳近く若いボエモンドに
強烈なライバル心を抱いていた。
「若造に主導権を握られるくらいなら、
俺が先に成果を出す」
――そんな心理だ。
ここから、
彼の迷走が始まる。
慌ててボエモンドが説得に向かう。
ボエモンド
「サン=ジル! 話が違う!
自軍だけで動くのは無謀すぎる!」
サン=ジル
「うるさい!
小童がワシに口出しするな!
ワシの軍だけでも十分じゃ!」
ボエモンド
「この分からず屋!
ならゴドフロアに決めてもらおう!」
サン=ジル
「よかろう。
ゴドフロア、お主はどっちに賛成じゃ?」
二人の口論を、
黙って聞いていたゴドフロア。
彼は十字軍諸侯たちの争いには
あまり口を出さない人だった。
だが度々起こる多数決ではボエモンド寄りであった。
少し沈黙したあと、ひとこと。
「……ボエモンドだ」
サン=ジル
「ぐぬぬ……」
こうして、
サン=ジル最初の迷走は回避された。
だが――
これは、ほんの始まりにすぎなかった。
アンティオキア包囲陣は、
形の上では成立した。
だが、最大の問題が残っていた。
食料不足。
道中で受け続けた
焦土作戦とゲリラの嫌がらせ。
物資提供を約束した
ビザンツ皇帝は頼りにならない。
そして時期は12月。
寒い。
腹が減る。
先が見えない。
「このままでは冬は越せない!」
兵士A
「……どうする?」
兵士B
「……どうしよう」
兵士C
「……現地調達(略奪)?」
兵士A
「……行っちゃう?」
全員
「行っちゃおう!!!」
こうして兵士たちは、
各々近隣の村や町へ散っていった。
だが――
全然、足りない。
このままでは、
確実に大飢饉が来る。
ボエモンドは決断する。
一部の兵を率いて、
南へ食料調達に出る。
出発前、念を押す。
ボエモンド
「サン=ジル。
私がいない間、
私の持ち場を頼む」
サン=ジル
「ああ。
大船に乗った気で安心せい」
――不安しかないが、
行くしかなかった。
そして、雨
ボエモンドが去ったあと。
サン=ジルは、
自分の担当地域を離れた。
WHY?
雨が降っていたから。
地形が悪い。
ぬかるむ。
不快。
その結果。
空いた包囲線から奇襲を受けた。
サン=ジル軍兵士
「敵襲ー!!」
サン=ジル
「なぜ、ここから!?」
全員
「お前が穴開けたからだよ!!!」
なんとか撃退はしたが、
被害は甚大だった。
戻ってきたボエモンド。
状況を一目見て、すべて理解。
ボエモンド
「……任せたって言っただろうが!!」
サン=ジル
「いや、その……雨が……」
ボエモンド
「雨!?
雨で持ち場を放棄したのか!?」
この一件で、
二人の関係は決定的に悪化。
以後、アンティオキア包囲戦は――
飢え、寒さ、敵
そして、味方同士の不信
という、
地獄のフルコースへ突入していく。
つづく。




