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追放された生活設計士、何もない辺境で村づくりを始めます 〜ひとりで始めたはずが、気づけば人が増えていた〜  作者: 結城ヒナ


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第9話 取引

 焚き火の音だけが、二人の間を満たしていた。


 獣人の少女は、火の外側に座ったまま、じっとユウトを見ている。

 警戒は解けていないが、逃げる気配もない。


 ユウトは、あえて何もせず、火に薪を一本くべた。

 炎が少し大きくなり、二人の影が地面に揺れる。


「……名前は?」


 先に口を開いたのは、ユウトだった。


 短く、簡単な問い。

 相手に選択肢を与える言い方だ。


 少女は一瞬だけ眉をひそめ、それから短く答えた。


「ミルナ」


「俺はユウトだ」


 それ以上は言わない。

 どこから来たのか、なぜここにいるのか。

 今は聞かない。


 ミルナの視線が、焚き火の脇に置かれた干し草袋へ向いた。

 鼻が、ひくりと動く。


「……それ、食べもの」


「ああ」


 ユウトは袋を手に取り、中身を少しだけ見せる。

 乾燥させた野草と、保存食。


「狩りの邪魔はしない。代わりに、情報がほしい」


 ミルナの耳が、ぴくりと動いた。


「情報?」


「この辺りの森。危ない場所と、そうじゃない場所」


 嘘は言っていない。

 だが、全てでもない。


 ミルナは少し考えるように黙り込み、やがて口を開いた。


「……それだけ?」


「それだけだ。今は」


 沈黙。

 火が、ぱちりと音を立てる。


 ミルナは立ち上がり、焚き火に近づきすぎない位置で止まった。

 その動きには、無駄がない。


「森、北はダメ。大きいの、いる」


「南は?」


「罠、多い。人、来る」


 簡潔だが、十分だった。


 ユウトは頷き、袋から保存食を一つ取り出し、地面に置いた。

 投げない。

 差し出すでもない。


「礼だ」


 ミルナは一瞬だけ躊躇し、それから素早く拾い上げた。

 匂いを確かめ、小さくかじる。


「……変な味」


「保存用だ。慣れれば悪くない」


 ミルナは肩をすくめた。


「腹、減らないならいい」


 取引は成立した。


 だが、ミルナはすぐには立ち去らなかった。

 焚き火のそばに座り、火を見つめている。


 ユウトは、その様子を横目で見ながら言った。


「ここは、俺が使ってる場所だ」


 ミルナの耳が動く。


「追い出す気はない。だが、無断で入られると困る」


 言葉を選び、続ける。


「代わりに……必要なら、話はできる」


 ミルナは火を見たまま、しばらく黙っていた。


「……ここ、人、来ない」


「今はな」


「……静か」


 それが、彼女なりの評価らしかった。


 やがてミルナは立ち上がり、森の方を指さす。


「明日、昼。獲物、余るかも」


 ユウトは少し考え、頷いた。


「なら、交換だな」


 ミルナは一度だけユウトを見て、尾を揺らした。

 そして、音もなく闇に溶けていく。


 焚き火の前に、一人残される。


 だが、不思議と孤独は感じなかった。


「……取引、か」


 争いでも、助け合いでもない。

 対等な距離。


 ユウトは火を見つめながら、静かに思う。


 この場所は、もう一人分、世界が広がった。


 荒れ地は、確実に「一人だけの場所」ではなくなりつつあった。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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