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追放された生活設計士、何もない辺境で村づくりを始めます 〜ひとりで始めたはずが、気づけば人が増えていた〜  作者: 結城ヒナ


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第8話 気配

 朝、森の方から漂ってくる匂いに、ユウトは足を止めた。


「……血の匂い?」


 強くはない。

 だが、確かに感じる。


 畑に向かう途中だった足を、そっと森の縁へと向ける。

 無警戒に踏み込むほど、無知ではない。


 距離を保ち、地面を観察する。


 草が、部分的に倒れている。

 土に、浅い引きずり跡。

 獣のもの――にしては、妙に整っている。


「……狩り、か」


 この辺りに、狩りをする存在がいる。

 それは、獣だけとは限らない。


 ユウトは無意識に、腰の道具に手を伸ばした。

 武器と言えるものはない。

 あるのは、作業用の斧だけだ。


 深追いはしない。

 そう決めて、いったん家へ戻る。


 午前中は、畑と井戸の確認に集中した。

 だが、意識の端から、森の存在が消えない。


 誰かが、見ている。

 そう断定するほどではない。

 だが、「自分以外がここにいる」という感覚が、確かにあった。


 昼過ぎ、保存用に干していた野草を取り込もうとしたとき――


 視線を感じた。


 背中が、じわりと熱を持つ。


「……」


 ゆっくりと、振り返る。


 そこには、誰もいない。

 だが、森の奥で、何かが動いた気がした。


 ユウトは深く息を吸い、吐く。


「落ち着け」


 相手が人であれ、獣であれ、先に騒いでも得はない。


 夕方、焚き火を準備する。

 今日は、いつもより火を大きめにした。


 暗くなるにつれ、森の輪郭が濃くなる。

 音が、増える。


 枝の擦れる音。

 草を踏む、かすかな気配。


 ユウトは火のそばに座り、動かずに待った。


 しばらくして――


 森の縁に、影が現れた。


 小柄。

 人型。

 だが、どこか動きが違う。


 ユウトは立ち上がらない。

 斧も構えない。


 ただ、はっきりと声を出した。


「……ここは、俺が使っている場所だ」


 一瞬、影が硬直する。


 次の瞬間、風のように距離を詰められた。


「――っ!」


 反射的に一歩下がる。

 焚き火の光に照らされたのは、獣の耳と、鋭い瞳。


 少女だった。


 猫のような耳と尾を持つ、獣人。

 手には短い刃物。

 だが、その刃は、すぐに振り下ろされなかった。


 二人の視線が、ぶつかる。


 緊張が、張り詰める。


 ユウトは、斧を持ったまま、動かない。


「……狩りの邪魔をするつもりはない」


 言葉を選ぶ。

 相手が理解できるかどうかも、分からない。


 獣人の少女は、じっとユウトを見つめたまま、低く唸った。


 そして――


「……ここ、人の場所?」


 片言だが、確かに言葉だった。


 ユウトは、内心で息を吐く。


「そうだ。少なくとも、今は」


 少女の視線が、焚き火から、家へ、畑へと移る。

 警戒は解けていない。

 だが、敵意も、薄い。


 数秒の沈黙。


 やがて、少女は刃を下ろした。


「……なら、話、する」


 それだけ言って、火の外側に腰を下ろす。


 ユウトも、斧を地面に置いた。


 焚き火を挟んで、二人。


 荒れ地に、初めて生まれた「対話の距離」だった。


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