第57話 選ぶ足
朝は静かだった。
まだ霧が少し残っている。
畑の端は湿っていて、火は小さく揺れていた。
セイは焚き火のそばに座っていた。
まだ誰も何も言っていないのに、
その顔は少しだけ決まっている。
ロウが気づいた。
「早いですね」
セイは頷く。
「うん」
一拍。
「南、見てくる」
ロウの手が止まる。
「南?」
「うん」
セイは火を見ている。
「向こう、どうなってるか」
エリナが畑の道具を持ったまま振り向く。
「戻る?」
セイは首を傾げる。
「わからない」
正直な答えだった。
沈黙が落ちる。
ロウは少しだけ笑う。
「そういう場所でしたね、ここ」
ユウトは火の灰を軽く崩す。
「選べ」
それだけ言う。
セイは頷く。
「うん」
リオルが近づく。
「紙、どうする?」
焚き火の横の記録。
小さな字で書かれた基準。
セイは少し考えて言う。
「残す」
「持っていかない?」
「ここにある方がいい」
リオルは頷く。
「そうだね」
ミルナが森の縁から言う。
「……足、軽い」
セイは立ち上がる。
荷物はない。
持っていくのは水だけ。
ロウが小さな袋を差し出す。
「今日の分」
セイは受け取る。
「ありがとう」
誰も抱きしめない。
誰も引き止めない。
ただ、見送る。
セイは通り道の方へ歩き出す。
数歩進んで、振り向いた。
「ここ、残ってる?」
ロウが笑う。
「多分」
エリナが言う。
「畑がある限り」
ユウトは言う。
「火がある限り」
セイは小さく頷く。
「じゃあ」
一拍。
「また来るかもしれない」
ユウトは答える。
「来てもいい」
「来なくてもいい」
セイは少し笑った。
そして歩き出す。
霧の向こうへ。
小さな背中は、すぐに森の縁に溶けた。
ロウが火を見つめる。
「静かですね」
エリナは畑へ戻る。
「いつも通り」
ミルナは森を見る。
「……道、ある」
リオルは紙を見つめる。
そこには書いてある。
――余白の村は、選べる村である
ユウトは火を整える。
この村は、止めない。
この村は、追わない。
この村は、ただそこにある。
選ぶ場所として。
焚き火は、今日も静かに燃えていた。
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