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追放された生活設計士、何もない辺境で村づくりを始めます 〜ひとりで始めたはずが、気づけば人が増えていた〜  作者: 結城ヒナ


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第35話 公式な呼び名

 それは、紙一枚だった。


 昼過ぎ、通り道を歩いてきた若い商人が、家の前で立ち止まる。


「ここに、掲示を」


 そう言って、板に打ち付けた。


 簡素な告知紙。

 内容は物資の交換予定と、通過商人向けの注意事項。


 場所の記載がある。


 ――余白の村付近。


 ロウが思わず読み上げる。


「……付近」


 エリナは紙をじっと見る。


「正式名称扱い」


 ユウトは、しばらく何も言わなかった。


 商人は軽く頭を下げる。


「通り道の目印として、便利なので」


「誰が決めた」


「自然と、そう呼ばれてます」


 悪びれない。


 事実として、そうなっているだけだ。


 商人が去ったあと、焚き火の前に沈黙が落ちる。


「……消しますか?」


 ロウの問い。


 ユウトは首を横に振る。


「消さない」


「いいんですか」


「俺たちは、名乗ってない」


 一拍置く。


「だが、呼ばれることは止めない」


 エリナが静かに言う。


「呼ばれるということは、目印になるということ」


「目印は、責任だ」


「ええ」


 ミルナが森の縁からぽつりと言う。


「……戻ってくる場所」


 その言葉に、ユウトは少しだけ息を止めた。


 王都では、戻る場所はなかった。


 命令があり、期限があり、

 常に次へ進むことを求められた。


 ここには、違う時間がある。


 午後、通りすがりの商人が、紙を見て言った。


「ここが、余白の村か」


 確認するような声。


 ロウは笑って答える。


「そう呼ばれてます」


 否定もしない。

 誇りもしない。


 ただ、受け入れる。


 夕方、焚き火を囲む。


「……村ですね」


 ロウがぽつりと呟く。


 エリナは畑を見渡す。


「機能的には、もう」


 ミルナは火を見つめる。


「……静か」


 ユウトは、ゆっくりと頷いた。


「村だな」


 声は小さい。

 宣言ではない。


 だが、初めて口にした。


 余白の村。


 自分たちが名乗ったわけではない。

 だが、否定しないと決めた。


 今日、人は増えなかった。

 畑も、建物も、変わらない。


 変わったのは、呼び方だけだ。


 だが、その呼び方が、

 この場所を“拠点”から“村”へと変えた。


 火は静かに燃え続ける。


 走らず、広げすぎず、

 それでも形になった場所。


 余白の村は、

 正式な名を持たないまま、

 村として認識された。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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