第31話 何も起きない一日
朝は、いつもどおりに始まった。
焚き火に火を入れ、鍋をかける。
畑の水を見て、芽の状態を確かめる。
特別なことは、何もない。
「……順調ですね」
ロウが、少し拍子抜けしたように言った。
「順調だな」
ユウトは頷く。
昨日も順調だった。
一昨日も、その前も。
それが続いているだけだ。
エリナは畑を一周し、淡々と報告する。
「害虫なし。水分問題なし。
今日、急いでやる作業はない」
「なら、軽めでいい」
「了解」
決定に、迷いはなかった。
午前中は、それぞれが細かい手入れをする。
畑の端の雑草を抜き、
保存棚の結び目を締め直し、
道具の置き場所を少しだけ調整する。
どれも、今やらなくても困らない。
だが、やっておくと楽になる。
「……本当に、何も起きませんね」
ロウが笑う。
「それが、いい」
ユウトはそう答えた。
昼食も、いつもどおりだ。
量も、味も、変わらない。
ミルナは焚き火のそばで、肉を齧りながら言った。
「……外、静か」
「見に来る人も?」
「今日は、いない」
それを聞いて、誰も残念そうな顔はしなかった。
午後、ユウトは畑の余白に腰を下ろす。
何も植えていない区画。
ただ、土と風があるだけの場所。
「……ここ、無駄ですか?」
ロウが隣に座り、聞く。
「今は、使ってないだけだ」
「いつか、使う?」
「使わないかもしれない」
それでいい。
エリナが少し離れた場所から言う。
「余白は、予定変更のためにある」
「数字が狂ったときの、逃げ道だな」
「ええ」
夕方まで、何事もなく時間が過ぎる。
誰も倒れず、
誰も来ず、
誰も決断を迫られない。
それは、以前のユウトなら考えられなかった。
王都では、
“何も起きない日”は、失敗だった。
だが、ここでは違う。
夜、焚き火を囲む。
話題も、特にない。
「……こういう日が」
ロウがぽつりと呟く。
「ずっと続けばいいですね」
ユウトは少し考えてから答える。
「続かない」
ロウが驚いた顔をする。
「でも、また戻ってこられる」
エリナが頷く。
「基準があるから」
ミルナは火を見つめて言った。
「……静かな日、覚えておく」
「そうだな」
ユウトも、焚き火を見る。
今日という日は、
何も語ることがない。
だが、この一日があるからこそ、
次に何かが起きても、戻る場所が分かる。
村は、少しずつ形になる。
事件ではなく、
こうした何もない日を積み重ねて。
今日は、記録にも残らない一日だ。
それでも、確かに必要な一日だった。
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