第3話 最初の夜、最初の朝
夜は、思っていたよりも深かった。
焚き火がぱちぱちと音を立てる以外、周囲は静まり返っている。
王都では決して味わえなかった、完全な闇だ。
ユウトは火のそばに腰を下ろし、背中を丸めた。
「……静かすぎるな」
呟いた声が、自分の耳にやけに大きく聞こえる。
昼間は作業に集中していたせいか、気にならなかった。
だが、こうして何もせずにいると、周囲の気配が否応なく意識に入り込んでくる。
風が草を揺らす音。
遠くで小石が転がる気配。
そして――獣の、低い唸り声。
反射的に身体が強張る。
「……近くは、ないか」
耳を澄ませる。
声は確かにするが、距離はある。
こちらをうかがっている様子もない。
ユウトは焚き火に薪を一本くべ、炎を少しだけ強くした。
獣は火を嫌う。それだけでも、多少の安心材料になる。
それでも、横になる気にはなれなかった。
膝を抱え、炎を見つめる。
ゆらゆらと揺れる光が、思考を鈍らせていく。
王都での最後の日のことを、ふと思い出した。
誰もが忙しなく動き、誰もが余裕を失っていた。
正しいことを言えば疎まれ、効率を下げれば切り捨てられる。
――もう、戻ることはない。
そう考えると、不安と同時に、確かな安堵が胸に広がった。
「ここなら……」
言葉にする前に、息を吐く。
ここなら、急かされない。
ここなら、自分のペースでやれる。
完璧じゃなくていい。
失敗しても、やり直せる。
やがて、疲労が勝った。
ユウトは焚き火の火を弱め、簡易的な寝床に横になる。
硬い。
冷たい。
だが、目を閉じると、意識は思ったより早く沈んでいった。
――夢は、見なかった。
次に目を開けたとき、空は白み始めていた。
「……朝か」
身体を起こすと、節々が痛む。
だが、動けないほどではない。
焚き火の跡を確認し、周囲を見回す。
夜の間に、何かが荒らされた形跡はない。
「無事、か」
小さく息を吐く。
外に出ると、冷たい朝の空気が肌を刺した。
だが、それ以上に、清々しい。
昇り始めた太陽が、荒れ地を照らす。
雑草だらけで、石も多い。
それでも、昨日よりは、ここが「自分の場所」に見えた。
ユウトは伸びをし、道具を手に取る。
「今日は……井戸の続きをやって、それから、畑だな」
やるべきことは多い。
だが、期限はない。
一つずつでいい。
彼は改めて周囲を見渡し、小さく頷いた。
「大丈夫だ。ここで、やっていける」
誰に聞かせるでもない言葉が、朝の空気に溶けていく。
こうして、荒れ地での一日は、また静かに始まった。
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