第29話 様子を見る人たち
その男は、いかにも“慣れている”顔をしていた。
服装は質素だが、手入れが行き届いている。
歩き方に無駄がなく、周囲を見る目が落ち着いている。
「失礼する」
畑の手前で立ち止まり、そう声をかけてきた。
「ここが、“余白の村”でいいのかな」
ユウトは一歩前に出る。
「そう呼ばれているらしい」
男は軽く笑った。
「名乗ってないのに名前が付く。よくある話だ」
後ろには、若い男が一人。
荷は少なく、帳面を抱えている。
「私はカイル。商人ギルドの下働きだ」
その言葉に、ロウがわずかに姿勢を正す。
「今日は取引じゃない」
カイルは先にそう言った。
「見に来ただけだ」
エリナが畑から視線を上げる。
「何を?」
「基準を」
短い答えだった。
カイルは畑、保存棚、空き地を順に見ていく。
質問はしない。
ただ、観察する。
「……出しすぎていない」
独り言のように呟く。
「立ち寄りは許すが、定住は選ぶ。
水と火はあるが、無制限じゃない」
ユウトは何も言わない。
否定も肯定もしない。
「商人にとって」
カイルは振り返る。
「一番怖いのは、壊れる場所だ」
「壊れる?」
「需要に流されて、内部が先に崩れる」
それは、的確な言葉だった。
ロウが慎重に聞く。
「……それで?」
「今のところ」
カイルは肩をすくめた。
「ここは、壊れにくい」
それは評価だった。
だが、約束ではない。
「ギルドとしては、当分は“通過点”扱いだ」
「介入しない?」
「しない。まだ早い」
エリナが淡々と言う。
「介入するなら、条件は?」
カイルは少し考えた。
「量が安定すること。
品質が揃うこと。
そして――」
一拍置く。
「自分たちで止まれること」
それだけ言って、男は帳面を閉じた。
「今日は、これで終わりだ」
立ち去り際、振り返って付け足す。
「名前は、便利だ。だが」
「背負いすぎると、折れる」
去っていく二人の背中を、誰も追わなかった。
しばらくして、ロウが息を吐く。
「……見られましたね」
「見ただけだ」
ユウトはそう答える。
エリナは畑に視線を戻す。
「今は、問題ない」
「今は、な」
ミルナが森の縁から言った。
「……外、近づいた」
「ああ」
それは脅威ではない。
だが、無関係でもなくなった。
夜、焚き火を囲む。
「介入、怖いですか?」
ロウの問いに、ユウトは首を振る。
「怖くない。ただ」
一拍置いて、続ける。
「こちらのペースを、崩されるのが嫌だ」
エリナが頷く。
「だから、今のままでいい」
村は、まだ選べている。
断れている。
止まれている。
それが崩れたとき、
外は一気に踏み込んでくる。
今日の訪問は、警告ではない。
確認だ。
――まだ、放っておいていい場所か。
その判定は、辛うじて保たれていた。
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