第21話 取引のあと
行商が去ったあとの空気は、少しだけ変わっていた。
何かが起きたわけじゃない。
畑も、家も、昨日と同じだ。
それでも、ユウトははっきりと感じていた。
「……外と、つながったな」
焚き火のそばで、塩の袋を置く。
たったこれだけ。
それだけで、生活の選択肢が増える。
エリナは袋を覗き込み、淡々と言った。
「保存期間、伸びる。失敗率も下がる」
「量は?」
「少ない。でも、意味は大きい」
数字の話に聞こえるが、要点はそこじゃない。
“次がある”という前提が生まれたことだ。
ロウは干し肉の残りを確認していた。
「思ったより、減りましたね」
「想定内だ」
ユウトは頷く。
「出しすぎなかった。それでいい」
午前中は、昨日の作業の整理に充てた。
交易で増えた道具を置く場所を決め、
保存棚の位置を変える。
小さな変更。
だが、確実に生活に組み込まれていく。
「……次、来たら」
ロウが言いかけて、言葉を止める。
「どうする?」
ユウトはすぐに答えなかった。
「同じとは限らない」
エリナが続ける。
「要求が増える可能性もある」
「だから、基準を作る」
ユウトは地面に腰を下ろし、枝で簡単な線を引いた。
「出せる量。出さない量」
線の内側と外。
「生活を削る取引は、しない」
ロウはほっとしたように頷く。
「分かりやすいですね」
ミルナは少し離れた場所から聞いていた。
「……人、また来る?」
「来るだろうな」
「いい人?」
「それは分からない」
正直な答えだった。
昼、簡単な食事をとる。
量は、昨日よりわずかに少ない。
だが、不安はない。
エリナが言う。
「塩がある。次は、保存効率を上げられる」
「畑も、余裕が出る」
「そうすれば、出せる量も増える」
ロウが、少し笑う。
「ちゃんと、回してますね」
「回してる、というより」
ユウトは焚き火を見る。
「回り始めた、だな」
午後、ミルナが森へ戻る準備をする。
「……しばらく、離れる」
「分かった」
「変なの、いたら知らせる」
「頼む」
それだけのやり取り。
だが、役割は自然に決まっている。
夕方、家の前に集まる。
畑は広がり、
住居予定地には目印が増えた。
「……やること、増えましたね」
ロウの言葉に、ユウトは頷く。
「増えたな。でも」
一拍置いて、続ける。
「減ったこともある」
「何が?」
「不確定要素だ」
全員が黙る。
「外とつながった。だから、想定できる」
それは、安心でもあり、負担でもある。
夜、ユウトは板に記録を刻む。
取引内容。
出した量。
得たもの。
最後に、短く書き足す。
――次は、同じとは限らない。
火を落としながら、思う。
村は、守られる場所ではない。
選び続ける場所だ。
今日の整理は、地味だった。
だが、この地味さこそが、生活を支える。
取引は終わった。
だが、向き合うべき“外”は、これから増えていく。
その準備が、静かに始まっていた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




