第20話 最初の取引
その日は、いつもより早くミルナが森から戻ってきた。
「……人、来る」
短い言葉だったが、迷いはなかった。
「一人?」
「二人。荷、軽い」
行商だろう。
この場所が“通れる”と判断された証拠でもある。
ユウトは焚き火のそばで手を止め、全員を見る。
「無理はしない。今日は様子見だ」
ロウがすぐに頷く。
「泊めない、ですね」
「ああ。取引だけ」
エリナは畑から顔を上げた。
「出すなら、干し肉と保存草。量は絞る」
「頼む」
利益を出すつもりはない。
こちらの価値を、測らせるだけでいい。
昼過ぎ、二人組の行商が姿を見せた。
年配の男と、若い助手。
服装はくたびれているが、目はよく動く。
「失礼するよ」
男が声をかけ、周囲を見回す。
「ここが噂の……いや、まだ名はないのか」
「ない」
ユウトは簡潔に答えた。
「通り道にしてもらって構わない。長居はできないがな」
行商は苦笑する。
「十分だ。水と火があるだけで助かる」
荷を下ろし、布を広げる。
乾物、簡単な金属製品、塩。
エリナの目が、塩に止まった。
「……質は?」
「悪くない。辺境用だ」
ユウトは干し肉を示す。
「これと、交換だ。量は少ない」
行商は干し肉を手に取り、匂いを確かめる。
「……丁寧だな」
驚きより、納得に近い声。
「この辺りで、この出来は珍しい」
ロウが、自然に一歩前へ出る。
「条件は、これだけです。量も、決まってます」
行商は少し考え、頷いた。
「いいだろう。無理のない取引だ」
派手なやり取りはなかった。
値切りも、誇張もない。
ただ、必要なものを、必要な分だけ。
取引が終わる頃、行商の男がぽつりと言った。
「ここ、近いうちに呼ばれるようになるな」
「何と?」
「……村、とか」
ユウトは即答しなかった。
「まだ早い」
「そうかもしれん」
男は肩をすくめる。
「だが、生活の匂いがする場所は、そう呼ばれる」
それだけ言い、二人は去っていった。
夕方、焚き火を囲む。
増えたのは、塩と小さな道具。
減ったのは、干し肉。
数字にすれば、微差だ。
「……儲けは、ないな」
ロウの言葉に、ユウトは頷く。
「ああ。それでいい」
エリナは塩を指でつまみ、言う。
「保存効率が上がる。結果的に、余裕が出る」
「それが目的だ」
ミルナは少し離れた場所で、周囲を見ていた。
「……ここ、通り道になった」
「なったな」
否定はしない。
一度、取引をした。
それだけで、世界との距離は縮まる。
「問題は、次だ」
ユウトは焚き火を見つめる。
「次に来る人が、同じとは限らない」
静かな言葉だった。
村は、宣言で始まらない。
こうして、外とつながり続けることで、形になっていく。
今日の取引は小さい。
だが、確実に線が引かれた。
この場所はもう、
地図に載らない“何か”ではいられなくなっていた。
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