第2話 最低限の暮らし
朝の空気は冷たかった。
夜露に濡れた草を踏みしめながら、ユウトは深く息を吸う。
土と草の匂いが、肺に染み込んでくる。
「まずは……水、だな」
昨日集めた雨水は、飲めないことはないが、長くはもたない。
生活を成立させるなら、安定した水源が必要だった。
ユウトは崩れた家屋の近くに立ち、再び地面に手を当てる。
――《生活基盤最適化》。
感覚が静かに広がる。
地下の構造、水の流れ、土の層。
頭の中に浮かび上がるのは、「ここを掘れ」という曖昧だが確かな指針。
「……深いな」
溜息をつきつつ、スコップを握る。
能力があっても、掘るのは自分だ。
魔力を使えば多少は楽になるが、無駄遣いはしたくない。
黙々と掘り進める。
石に当たっては避け、土を掻き出し、また掘る。
時間の感覚が薄れていった。
どれくらい経った頃だろうか。
スコップの先に、湿り気を感じた。
「……来たか?」
慎重に掘り下げると、じわりと水が染み出してくる。
一気に崩さないよう、周囲を固めながら穴を広げていく。
やがて、底に小さな水溜まりができた。
「最低限、だな」
即席の井戸。
本格的とは言えないが、飲み水としては十分だ。
ユウトは布で濾し、煮沸してから一口含んだ。
鉄の味がわずかにするが、問題ない。
喉を潤しただけで、肩の力が少し抜けた。
「水があるだけで、全然違うな……」
次は、食料だ。
持ち込んだ保存食には限りがある。
当面は野草と狩りに頼るしかない。
周囲を歩き、食べられる草を探す。
前世で身につけた知識が、こんなところで役に立つとは思わなかった。
「これと……これはダメだな」
慎重に選別し、籠に入れていく。
派手さはないが、確実な作業だ。
昼過ぎ、焚き火の前で簡単な食事をとる。
野草のスープと、乾パン。
決して美味くはない。
だが、「食える」ことが、何より重要だった。
午後は住居の補強に充てた。
風が入り込む隙間を塞ぎ、床に敷くための草を集める。
作業をしながら、ふと考える。
王都にいた頃は、常に誰かに急かされていた。
期限、命令、責任。
今は違う。
「……今日やることは、今日できる分だけでいい」
誰に責められることもない。
遅れても、失敗しても、自分が困るだけだ。
日が傾くころ、簡素だが「住める」形にはなった。
雨はしのげる。
風も防げる。
ユウトは家の前に腰を下ろし、完成したとは言えない住処を眺めた。
「悪くない」
本心だった。
夜。
焚き火を挟み、昼に集めた草を干す。
昨日より、火の扱いにも慣れている。
小さな変化だが、確実な前進だ。
遠くで、また獣の声がした。
だが、昨日ほど緊張はしない。
「来るなら来い。……まあ、来ないだろうけど」
炎を見つめながら、ユウトは静かに考える。
ここで生きていく。
派手なことはしない。
大きな夢も、今は要らない。
最低限でいい。
暮らせるだけの場所を作る。
それができれば――
「今日は、合格だな」
自分にそう言い聞かせ、ユウトは横になった。
硬い地面。
だが、不思議と眠りは早かった。
荒れ地での生活は、まだ始まったばかりだ。




