第16話 来る理由
朝、家の前の地面に残った足跡を見て、ユウトは立ち止まった。
「……増えたな」
一人分ではない。
獣でもない。
人のものだ。
深さも、歩幅も違う。
少なくとも、二人。
ミルナは森の縁でしゃがみ込み、指で地面をなぞっていた。
「……昨日の夜。通っただけ」
「様子見、か」
来るだろうとは思っていた。
だが、思っていたより早い。
噂は、歩くより速い。
ユウトは深く息を吸い、吐いた。
「……予定を、少し前倒しだな」
その日の昼前。
畑の向こうに、見覚えのない影が現れた。
今度は、迷いなくこちらへ向かってくる。
男と女。
どちらも武装は軽く、荷を背負っている。
ユウトは家の前に立ち、動かずに待った。
近づいてきた二人は、まず畑を見た。
次に井戸。
最後に、家。
その順番が、嫌に的確だった。
「……ここで、間違いないな」
男のほうがそう言い、ユウトを見る。
「話を聞いてきた」
「どんな話だ?」
「辺境に、無理をしない開拓者がいるって」
ユウトは苦笑した。
「だいぶ、歪んで伝わってるな」
「それでもいい」
女が一歩前に出る。
「……ここ、泊まれる?」
単刀直入だった。
「条件次第だ」
ユウトは即答する。
「食料は余裕がない。仕事はある。楽じゃない」
男と女は顔を見合わせた。
そして、男が頷く。
「それでいい」
「……理由は?」
ユウトの問いに、女が答えた。
「前の村、なくなった」
それだけだった。
詳しくは聞かない。
言わない理由があるなら、それでいい。
「名前は?」
「エリナ」
「俺はロウ」
二人とも、年は若くはない。
働き慣れた目をしている。
ユウトは少し考え、それから言った。
「今日は、泊まっていい」
二人の顔に、わずかな安堵が浮かぶ。
「だが、決めるのは明日だ」
「何を?」
「ここに残るかどうか」
夜。
焚き火を囲み、簡単な食事を取る。
量は多くない。
だが、分け合うことに、誰も異を唱えなかった。
エリナは畑を見ながら言う。
「……作付け、偏ってる」
「分かってる」
「改善できる。でも、人手が要る」
「分かってる」
ロウは家の中を一度見てから、戻ってきた。
「住居、増やせる?」
「時間はかかる」
「それでいい」
会話は、淡々としていた。
期待も、不安も、誇張しない。
それが、逆に信頼できた。
食事のあと、ユウトははっきりと告げる。
「ここは、助け合いの場所じゃない」
二人が、顔を上げる。
「生活を回す場所だ。無理はしないが、働かない人間は置けない」
エリナは、静かに頷いた。
「それでいい」
ロウも、同じように。
「それを、探してた」
焚き火の火が、小さく弾ける。
夜風が、荒れ地を撫でていく。
人が増えたわけじゃない。
まだ、「可能性」が増えただけだ。
それでも。
ユウトは火を見つめながら、はっきりと感じていた。
ここは、もう。
一人で決める場所ではなくなり始めている。
村の成立は、宣言からではない。
こうして、人が「理由」を持って集まることから始まる。




