第15話 始める理由
朝は、いつもと同じように始まった。
井戸から水を汲み、畑を見て、火を起こす。
芽は順調で、土の状態も悪くない。
それでも、ユウトの意識は作業に完全には向いていなかった。
「……決める、か」
昨日の夜、自分で口にした言葉が、まだ残っている。
ミルナは少し離れた場所で、森の方を見ていた。
耳が、微かに動いている。
「……人の気配?」
「今はいない。でも、遠く」
はっきりしない答え。
だが、それで十分だった。
来る。
いずれ、必ず。
それが善意であれ、好奇心であれ、利害であれ。
この場所は、もう見つかっている。
ユウトは家の前に立ち、周囲をゆっくりと見渡した。
畑。
井戸。
干し肉の棚。
踏み固められた道。
一つひとつは小さい。
だが、どれも「生活」を前提に作られている。
「……逃げる場所、じゃないな」
それは、確認だった。
一人で静かに暮らすために来た。
だが、静かに“消える”ために来たわけじゃない。
続けるために、ここにいる。
ユウトは、地面に枝で線を引いた。
家を中心に、円を描く。
畑の位置を示し、井戸を入れる。
そして、空白を残す。
「ここは……人の場所だな」
ミルナが近づいてきて、地面を見る。
「……空いてる」
「ああ。まだ、何も決めてない」
ユウトは枝を置き、はっきりと言った。
「人を増やす」
言葉は、思ったよりも軽く出た。
ミルナは驚かない。
ただ、少しだけ目を細める。
「……村?」
「まだ、そこまでは言わない」
すぐに否定する。
「急がない。無理もしない」
自分に言い聞かせるように、続けた。
「ただ、人が暮らせる場所にする」
それが、彼なりの答えだった。
守るためでも、見せるためでもない。
続けるための、選択。
「ルールは、最小限だ」
ミルナが、首を傾げる。
「どんな?」
「無理をしない。命を削らない」
少し考え、付け加える。
「来た人は、使わない。捨てない」
ミルナは、しばらく黙っていた。
やがて、ぽつりと呟く。
「……変」
「よく言われる」
ユウトは苦笑した。
昼前、作業を再開する。
だが、今日は畑を広げない。
代わりに、空き地を整え始めた。
次に建つかもしれない、家のために。
誰が来るかは分からない。
いつ来るかも、決めていない。
それでも、場所だけは用意できる。
「準備しておくのは、悪くない」
夕方、作業を終え、家の前に立つ。
荒れ地は、相変わらず荒れている。
だが、昨日までとは、意味が違う。
ここは、もう「一人の拠点」ではない。
人が来る前提の場所。
人が暮らし、去り、また来る場所。
「……始めるか」
誰に聞かせるでもなく、そう言った。
ミルナは森の方を見てから、ユウトを見る。
「……私は?」
問いは短い。
「来たいときに来ればいい。帰りたいときに帰れ」
即答だった。
「ここは、縛る場所にしない」
ミルナは、少しだけ笑ったように見えた。
夜。
焚き火を前に、ユウトはノート代わりの板に印を刻む。
日付。
作業内容。
そして、今日の決断。
――この場所を、人が暮らせる形にする。
それだけを書いて、手を止めた。
外では、風が草を揺らしている。
遠くで、誰かが歩く気配は、まだない。
だが、もういい。
ここは、始まった。
荒れ地に生まれたのは、
ただの拠点でも、避難所でもない。
これから、人が集い、生活が重なっていく場所。
村と呼ばれる前の、村だった。
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