空白をつくる人
好きだからこそ、
隣にいない選択をする人もいる。
これは、
終わりを選んだ側の話。
最近、
夢咲の寝顔を見る時間が、
少しだけ惜しくなった。
「ほら、起きて」
いつもと同じように肩を揺らすと、
夢咲は布団の中で小さく唸る。
「ん……あと五分……」
「五分が十回あるの、知ってる?」
そう言いながら、
私はネクタイを手に取る。
結び方は、
もう身体が覚えている。
夢咲は、
私がいないと朝が回らない。
でもそれは、
私がそうしてきただけだ。
「ねえ、夢咲」
「なに」
「最近、転校生と仲いいね」
何気ない声を装ったつもりだった。
でも、
夢咲は一瞬だけ言葉に詰まった。
「……普通だよ」
その間が、
答えだった。
私は、
それ以上何も聞かなかった。
昼休み、
お弁当を二つ持って、
いつもの席へ向かう。
階段を下りる途中、
夢咲が誰かと笑っているのが見えた。
肩を揺らして、
楽しそうに。
ああ、
あの笑顔だ。
私の前では、
もう見せなくなった笑顔。
胸が、
少しだけ痛んだ。
私は夢咲が好きだ。
ずっと好きで、
隣にいた。
でも私は、
夢咲より一歩先にいる。
一年先に、
卒業がある。
その先に、
夢咲はいない。
だったら――
ここで終わらせるしかない。
「ねえ、夢咲」
いつもの席で向かい合って、
私は言った。
「私ね、
今年で終わりにする」
「……なにが?」
「全部」
夢咲は、
何も言えなかった。
私は笑った。
ちゃんと、
大人みたいに。
「転校生、
いい子だね」
「……夏目」
その名前を呼ばれて、
少しだけ、
揺れそうになる。
でも、
振り返らなかった。
「私は、
後ろに残らないよ」
それだけ言って、
立ち上がる。
夢咲は、
私を抱きしめなかった。
それでよかった。
私は、
背中を押す人でいたかった。
去る人は、
何も奪わない。
ただ、
空白をひとつ残していく。
その空白を、
誰が埋めるのかは、
もう別の物語だ。




