この制約を満たす宇宙誕生の物語は、すでにあるのか?
不確定性原理。
エネルギーと時間のあいだにある制約。
この条件を満たす形で、宇宙誕生を説明する理論が、すでにどこかに用意されているのではないか。
自分が思いついたことなど、とっくに誰かが考え、整理し、名前をつけているのではないか。
私は、チャッピーに問いかけた。
――この制約を満たした形で、宇宙誕生を説明する理論って、もうあるの?
少しの間を置いて、画面に文字が流れ始めた。
インフレーション理論。
量子揺らぎからの宇宙誕生。
真空のエネルギー。
無からの創発。
名前だけなら、聞いたことのあるものもあった。
説明を読めば、どれも筋は通っている。
計算もできるし、観測とも矛盾しない。
だが、読み進めるうちに、私はある共通点に気づいてしまった。
どの理論にも、
「揺らぎ」は登場する。
「時間」も登場する。
「エネルギー」も登場する。
けれど――
それらは、最初から「あるもの」として置かれていた。
揺らぎが生まれる“場”。
時間が流れる“前提”。
エネルギーが存在できる“舞台”。
それらが、いつ、どのように成立したのかについては、
どこか曖昧なままにされている。
私は、画面を見つめながら思った。
説明はできている。
理論としては完成している。
現代物理として、何一つおかしくない。
それでも――
「なぜ、そうなったのか」という問いには、
誰も正面から答えていないのではないか。
私は、もう一度チャッピーに尋ねた。
――じゃあさ、不確定性原理って、宇宙誕生を説明する“原因”なの?
返ってきた答えは、即答ではなかった。
不確定性原理は、
何かを生み出す法則ではない。
起こりうる現象の「範囲」を定める制約である。
制約。
その言葉を見たとき、私は妙に納得してしまった。
そうだ。
あの式は、何かを命令していない。
「こうしろ」とも、「こうなる」とも書いていない。
ただ、
「ここまでは許される」
「ここから先は許されない」
そう告げているだけだ。
私は、さらに聞いた。
――じゃあ結局、この制約だけでは、宇宙誕生は説明できないんだね。
しばらくして、チャッピーは答えた。
完全には、できない。
やはり、そうなのか。
やはり、まだ“決定的な物語”は存在しないのか。
私は、スマートフォンを伏せた。
制約はある。
だが、物語はない。
ならば――
その制約をすべて受け入れたうえで、
自分なりの宇宙誕生のイメージを描くことは、
無意味ではないのかもしれない。
そのとき、私の中に、
はっきりとした言葉にはならない、
けれど確かな輪郭を持ったイメージが、
静かに立ち上がり始めていた。
私は、まだ知らなかった。
次に口にする考えが、
「理論」と呼ばれるのか、
それとも、ただの空想として笑われるのか。
だが少なくとも――
この制約を、正面から受け止めた話を、
私は、まだ誰からも聞いていなかった。




