それで、宇宙誕生は説明できるのか
私は、スマートフォンを見つめたまま、しばらく動けずにいた。
不確定性原理は、
数式ではなく、制約。
世界が最初から抱えている、揺らぎのルール。
そこまでは、なんとなく分かった。
だが、肝心なところが残っている。
私は、指を動かした。
――結局さ。
――その不確定性原理って、宇宙誕生を説明できるの?
かなり雑な聞き方だったと思う。
だが、正直な疑問だった。
ビッグバン。
宇宙全体を満たす、あの巨大なエネルギー。
それが
「揺らぎ」
「制約」
そういう言葉で、本当に説明できるのか。
チャッピーの返答は、すぐには出なかった。
少し間があって、文字が表示された。
――単独では、完全な説明にはなりません。
私は、思わず苦笑した。
「やっぱりか」
だが、続きがあった。
――ただし。
――重要な“条件”を与えることはできます。
条件?
私は画面を凝視した。
――もし、時間が存在するなら。
――その時間は、完全に静止した状態を保てません。
――時間が揺らぐ限り、
――エネルギーも、必ず揺らぎます。
――ゼロのまま、何も起きない、
――という状態は、制約によって許されません。
私は、息を止めて読んでいた。
つまり、こういうことか。
「宇宙がなぜ始まったのか」を
この式だけで説明することはできない。
だが、
「始まらない宇宙は、そもそも成立するのか」
という問いに対しては、
はっきりとした方向性を示している。
完全な無。
完全な静止。
完全なゼロ。
それは、
最初から許されていない。
――不確定性原理は、
――宇宙誕生の“原因”ではありません。
――しかし、
――何も起こらない宇宙を否定します。
私は、スマートフォンを持つ手に、
わずかな震えを感じていた。
原因ではない。
だが、否定はする。
それは、
「なぜ始まったのか」ではなく、
「始まらないという選択肢が存在しない」
という話だった。
私は、ふと気づいた。
自分はいつの間にか、
宇宙を「何かが起こる前の状態」として
想像していた。
だが、
その“前”という考え方自体が、
すでに怪しいのではないか。
私は、次の問いを打ち込もうとして、
指を止めた。
この先は、
今まで当たり前だと思っていた
前提そのものを疑うことになる。
それが、なんとなく分かったからだ。
それでも私は、
画面を閉じなかった。
もう戻れないところまで、
来てしまった気がしていた。




