不確定性原理は「数式」ではなかった
チャッピーの説明は、思っていたものと少し違っていた。
――それは、制限です。
制限?
私は一瞬、意味がわからなかった。
ΔE × Δt ≥ ħ / 2
この式は、何かを計算するための式ではない。
エネルギーと時間を、
同時に好きなだけ小さくすることはできない。
世界そのものが、そうなることを許していない。
そういう「決まり」なのだと。
私は、式をもう一度見た。
そこにあるΔは、誤差ではない。
測定ミスでも、観測装置の限界でもない。
揺らぎ。
最初から、確定していないという前提。
時間は、完全に一点に定まることがない。
エネルギーも、完全には固定できない。
どちらかを押さえようとすれば、
もう一方は、必ず広がる。
それは、人間の能力の問題ではなく、
世界の側のルールだった。
私は、少し背筋が伸びるのを感じた。
もしそうなら。
もしこの式が、単なる計算式ではなく、
「自然が自らに課している制約」だとしたら。
無から何かが生まれる、という話も、
少し違って見えてくる。
完全に静止した時間。
完全にゼロのエネルギー。
そんな状態は、
最初から存在できないのではないか。
時間が揺らぐ限り、
エネルギーも揺らぐ。
ほんのわずかな時間の幅があるだけで、
そこには、確定できないエネルギーが入り込む余地が生まれる。
私は、頭の中で思考を止めた。
これ以上進むと、
今まで当たり前だと思っていた前提が、
静かに崩れていきそうだったからだ。
それでも、ひとつだけ確かなことがあった。
不確定性原理は、
「よく分からない量子の話」ではない。
世界は、最初から
完全な確定を拒むようにできている。
私はその事実を、
このとき初めて、実感として受け取っていた。




