意外な繋がり
登校中、通学路にあったコンビニに入って、軽食を買う。こうして登校中にコンビニによって何かを買うと、高校生になった自覚が湧く。中学の間の登下校は、ただの学校までの行き帰りといった感じだったけど、高校の登下校は自由があって、その自由は新鮮で少しおもしろかった。
まずは棚からコッペパンを取った。中に何も入っていない、シンプルなコッペパンが一番安い。飲み物は、どうしようかな緑茶もいいが、紅茶もいい。でもちょっと炭酸を飲みたい気分でもある。今日はあまり気温が上がらないみたいだからスポーツドリンクみたいなものは遠慮したい。
二分ぐらい悩んだ挙句、僕は天然水を選んだ。こういうときは味のない、無難なものに限る。
外へ出ると、今にも降りだしそうな分厚い雲が見えたので、雨が降る前に学校へ急ぐ。
『週末 天気は荒れ模様』
ニュースサイトのトップにはそう表示されている。長い息を吐きながら、僕はスマホをスリープモードに切り替えた。
「ため息つくな」
と青次が横から言ってくる。
「なんかお前、見ないうちに人間社会に疲れたみたいになってるぞ。中学の三年間で急激に老化したんじゃないか」
「成長が早いと言ってよ」
「成長と老化は違うだろ」
ごもっともな指摘だ。
同じ三年の時間を経ているのに、青次の内面はあまり変わらず快活なままだ。多少落ち着きは身に付いたが、本質のところでポジティブな在り方は変わっていないように感じられた。小学生の頃は僕よりも小さかったのに、身長も抜かされた。成長が早いのは、僕ではなく青次のほうだった。
「昨日の部活動見学はどうだった? バスケ部に行ったんだよね」
「ああ、楽しかったよ。体育館も広くてやりやすい。先輩もいい人で、部活全体の雰囲気もよかった」
「そっか。顧問の先生はどうだった?」
「顧問? あんまり気にならなかったな……まあそこそこ厳しい指示を飛ばしていたしちょっと偉そうだったけど、運動部の顧問なんてみんな多かれ少なかれ偉そうだしな。良くも悪くも普通だよ」
「普通、か……」
普段であればいたって平凡な言葉に感じられたのだろうが、あの文芸部での体験があって、「普通の顧問」というフレーズが物凄く素敵なものに思われる。ほかの部員とも馴染めたみたいで、素晴らしい部活動体験ができたのだろう。
「そっちはどうだった? ちゃんと見学行ったか?」
「部室には行った」
あれを見学と言っていいのかは知らないが。
「へえ、良いじゃんか。何部?」
「文芸部」
「文芸部……何をする部活だ?」
最近、似たような質問を何回も受けている気がする。
「……顧問の先生は、人のことを知ろうとする部活だって言っていたよ」
「人のことを、知ろうとする部活」
青次は言葉の感触を確かめるように、僕の発言を繰り返した。
「どういう部活かはイメージできないが、そういうことを言う顧問の先生は、ちょっとおもしろそうだな」
おもしろい、というかおかしな人だったが。
「部の雰囲気はどうだった?」
「雰囲気ね……」
人が一人もいなかったです、と言ったら青次は笑ってくれるだろうか。
「ま、落ち着いた雰囲気だったよ。ゆっくりできそうな部室だった。自由に使える静かな部屋が学校内にあるっていうのは、案外悪くはないかも」
実際、先輩が退部するまでの雰囲気はどうだったのだろう。マイペースに本を読み、気の赴くままに文章を書いていたのだろうか。そこにあの祝井という先生はどの程度関わっていたのだろうか。
あの先輩が退部した理由は何だったのだろう? あの奇特な祝井先生が原因で部活を辞めたってことはあるだろうか? 躊躇なく生徒に対して嘘をついた、という事実は明らかにマイナスだが、その一面だけであの人を評価するのはなんか違う気がする。一人しかいなかった部員には、また違った接し方をしていたのだろうし、昨日の出来事だけであの人がどのような人間なのかを見極めるのは、誠実ではない。
読書は一人でもできる、とあの図書委員は言った。それは正しい。野球や将棋と違って読書は一人でもできる。もちろん、作品を執筆することもそうだ。本や書いた作品の感想を言い合うのは一人だと無理だが、あの文芸部には部員は一人もいないので、文芸部に入っても感想を言い合うのは無理な話だった。
あの部活に入って、得られるものはあるのだろうか。……一つもないような気がする。結局、入部しても部員が一人しかいないのであれば、僕は僕の内面を耕すことに時間を費やしてしまうだろう。
あの、神野さんはどうするだろう。全ての部活を回っていると言っていたし、数ある部活から文芸部を選択する可能性は極々わずかに思われた。
「……ねえ、青次って、努力は必ず報われると思うタイプ?」
「なんだ、いきなり。スポーツ少年みたいな質問をして」
「いや、成長するためには困難な状況に身を置くべきかな、なんて思ってさ」
「……もしかして、神野と話したのか?」
その名前が青次の口から出たとき、僕はにわかに驚いた。
「知り合いなの?」
「同じ中学だ。というか、そっちこそ神野と知り合いなんだな。小学校も中学校も違うだろう」
僕は昨日の文芸部での出会いをかいつまんで話した。先生とのやり取りは省略する。
「全ての部活を回っているって? そいつは何というか……あいつらしい真面目さだよ」
「あいつらしいってことは、中学校の頃からそんな感じなんだ?」
「ま、そうだな。あ、来たぜ」
青次が教室後方の開かれたドアに目を向ける。僕らの教室は廊下の突き当りに位置していて、登校してきた生徒がこちらに向かって歩いてくる様子がよく見えた。
登校してくる生徒の中に、昨日文芸部で出会ったあの女の子がいる。
「おーい! 神野!」
青次が右手を大きく振る。神野さんはこちらを一度はっきり見たのだが、軽く頷きを返したのみで、すぐに角を曲がっていってしまった。
「……青次、もしかしてあまり好かれていない?」
「いや、そんなことは……おかしいな。いつもならもっとはっきりと挨拶を返してくれるはずなんだが」
青次は座りなおして、長い脚を組んだ。
「割と仲良かったんだぜ。あいつは努力家で、馬鹿まじめだった。先生が宿題を回収し忘れていたらすぐに言ったし、そのせいで宿題をやってこなかった不真面目な生徒に毛嫌いされていた。手抜きができないヤツだったんだよ」
あ、その中でも俺は嫌いじゃなかったんだけど、と青次は遠回しに宿題をやってこなかった側の生徒であることを告白する。
「そのくせ要領はあまりよくなかった。テストの順位も全体の真ん中あたりだったしな。でも中三の受験モードになったら、そのひたむきさを生かして急成長した。毎日塾に行って、ずっと勉強していたんだ。その努力の甲斐あってここに入学した。あいつは『努力は必ず報われる』という体験を経てここにいるってわけだ」
凄い奴だよ、と青次は手放しで彼女のことを褒めたたえる。他人の良いところを素直に褒められるところが、青次が他人を惹きつける一因なのだろう。
「ところで話は変わるが、告白の件はどうなった?」
「……ああ」
忘れていたとまではいかないが、意識の外側にあったテーマが、青次によって眼前に戻される。
「よくないなあ。完全に流す気でいただろ。放置していれば向こうも拒否と受け取って、そのまま問題が解消すると思っていただろ」
「いや、別にそんなことは」
「断るならしっかりと断ったほうがいいぜ。そのほうが後腐れなくてすむし、不義理は後々人間関係に響く。来年、その子と同じクラスになったら、周りが敵だらけになるってこともなきにしもあらずだ」
それは少し怖いかも。
「問題を放置しようと思っていたわけじゃない。僕だってしっかり考えるべきところは考えているさ」
「そうかい。それならいい」
一昨日の告白を受けて、僕はどうするべきか少し考えた。
春原そよぐ。僕は彼女のことを何も知らない。わかっているのは、彼女は出会って間もない僕に告白できるような、行動力に富んだ女の子であるということだけだった。その行動力は驚嘆に値する。彼女は今まで、その恐るべき行動力を生かして生きてきたのだろう。
もちろん、それが彼女の人間性の全てであるはずがない。僕らはまだ数分しか言葉を交わしていないのだし、僕が彼女に見せていない一面があるように、彼女も僕に見せていない一面があるはずなのだ。
それらを知らずに付き合っていくことは、少なくとも僕には不可能に思われた。隣にいる人が、何を大切に思って、何を嫌っているのか。どのような考え方をして、どのような価値観を持っているのか。それらを知らずに付き合っていくことは僕にはできない。交際を続けていく過程でそれらを知っていけばいい、という考え方もあるだろうけど、今のままではそういった交流が続いていくイメージが湧かない。
わからない。
わからないものは、知らなければいけない。
それがどのようなものであれ、わからないものは知るための努力をしなければいけない。
「僕は彼女のことを調べようと思う」
と断言する。道はそれしかないように思われた。今のままだと僕は停滞した状態から動けない。何かしら行動を取らなければ何も変わらないままなのだ。それでもいい、と思わなくもないけれど、何も変わらないままで相手を待たせるのは、相手に失礼だ。
「……そうか。それがいいかもな」
と青次は控えめに賛成する。
あの女の子は、運命を感じた、と言った。
一方僕は運命など微塵も感じられない。
僕がこのような行動を取ることも運命なのだろうか?




