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春の嵐と名無しの愛  作者: 青桐鳳梨


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告白の返事②

 告白はもう一つあったのだ。彼女から僕に対するものではない、全く別の告白が。


「その告白は、誰から誰に対するものだったのか? まず、告白したのは君ではないよね。君は僕に告白したんだから。となると、話題に挙がっていた告白をした張本人は、春原そよぐ、彼女だということになる」


 そう考えれば、昨日の昼休みに、目の前の彼女ではなく春原さんのほうが憤っていたことの筋が通る。告白したのは春原さんで、告白の返事が保留にされて時間が経っているのであれば、フラストレーションを抱えて当然だ。


「問題は、その告白の相手は誰だったのか、ということだ。高校に入学してから一週間、一目惚れでもない限り、今まで知り合っていた人物に告白した可能性は高い。つまり、今まで同じ中学校に通っていた人間だ。……僕は、ここ数日のうちに告白をされた、春原さんと同じ中学校に通っていたヤツを知っている」


 当事者ではないと、勝手に思っていた。どうやらそれは間違いだったらしい。


「檜山青次……君ももちろん、知っているよね」

「うん。同じ中学校だったからね。私はあまり面識がないけど。向こうも私を知らないんじゃないかな」


 同じ中学からこの学校に進学したのは十人程度だと、青次は言っていた。十人いるならば、一人ぐらい話したことがない人がいても不思議はない。


「一週間ぐらい前、青次は告白を受けたらしい。その相手は春原そよぐさんだったわけだ」


 だと想定すれば、今朝の青次との会話も納得がいく。


 僕が春原そよぐに告白されたと言った時、あいつは告白を受けるのはやめたほうがいい、と言った。それはあいつが春原さんを好きだった、というわけでは断じてなく、あいつも春原さんから告白をされていたからだ。


 自分が告白を受けたはずなのに、僕も同じ人物から告白されている。その事実に、青次は春原さんに対する疑念を覚えたのだろう。当然と言えば当然だ。付き合っていたわけではないので浮気とは言えないものの、見方によっては二股をかけているようにも感じられる。


 だから、青次は僕に告白を断れと言ったのだ。二人の人物に告白するような人と付き合っても、不幸になるだけだから。


「僕が、春原さんから告白されたと青次に言った時、あいつは告白を断れと言った。それもそうだよね。だって、青次から見たら、春原さんは自分と僕の二人に告白していることになるんだから。二人の人物に告白するような人と付き合ったとしても、続きやしない。青次は僕を失敗から守るために忠告してくれたんだ」


 そして、その忠告をきっかけに僕は春原さんの教室へ特攻し、盛大な思い違いに気が付くことになる。青次の言葉がなければ、僕はいまだに、目の前の彼女を春原そよぐだと信じ込んでいたかもしれない。


「それから僕は、君への告白を拒否する決断に至った。たぶん、青次も同じだろう。春原さんが青次に具体的にどのような好意の言葉を伝えたのかは知らないけど、疑念を抱えたまま付き合うとは思えない」


 その辺り、青次はしっかりした人間だ。信頼できない部分があれば、おそらく告白は断る。あいつはかなり義理堅い人間だし、嘘が見え隠れする人間とは付き合わない。


「君が嘘をついていたという事実は白日の下に晒された。後は、君がどうしてそんな真似をしたのか、ということだけが依然として謎のままだ」


 そこで彼女はふっと笑う。そこに多少なりとも嘲りが含まれていると解釈するのは、露悪的だろうか。


「それも考えてみたら? 探偵みたいにさ」


 探偵ではないけど、推察することはできなくもない。


「……君の目的は、春原さんの告白を失敗させることにあったんじゃないかな。告白の日、君は僕に友人に相談することを勧めた。友人……つまり、青次だ。君の狙いは、僕の口を通して青次に、春原そよぐが二人に告白をしていると思わせることにあった。そうすれば、本物の春原さんの告白は失敗に終わると考えた。君は、春原さんの恋路を邪魔したかったんだ」

「ああ……君は凄い」


 と、彼女は吐息交じりの声で言う。


「正しいよ渡波くん。君は正しい。そう。私はそよぐの告白を邪魔したかった。そしてその目的は無事に達せられた。さっき、檜山くんから振られたって、そよぐ本人から聞いたから。君のおかげだよ」


 僕のおかげ、言い換えれば僕のせい、ということになる。


 春原さんと青次が、幸せな交際を続けていく未来もあったかもしれない。恋愛だけが幸せにつながるとは思わないが、恋愛によって得られる幸福も確かに存在するだろう。


 青次と春原さんは、そのチャンスを失ってしまった。


 彼女は、そのことについて何も感じないのだろうか?


 目の前の彼女は、そこまでして春原さんと青次の仲を引き裂きたかったのだろうか。


 ……彼女自身、青次のことが好きだった、ということはあるだろうか。しかし、彼女は青次とあまり話したことがないと言っていた。青次も彼女のことを知らないだろうと。青次のことが好きで、春原さんと付き合ってほしくがないために、恋路の邪魔をした、という可能性は薄いかもしれない。


 となると、もっと別の理由か。


「もしかして君は、春原さんがほかの人間に取られるのが嫌で、今回のことを画策したんじゃないか」


 彼女は、肯定も否定もしない。ただわずかに微笑んでいるばかりである。


「仲の良い友人に恋人ができることで、自分と友人の関係性が多かれ少なかれ変わってしまうことを恐れて、君は告白が失敗するように仕組んだ」


 それが正しいかどうかはわからない。なぜなら僕の発言に彼女はうんともすんとも言わないから。

間違っているかもしれないけど、彼女のどこかにはそういう友人を強く思う感情があったのではないだろうか。春原そよぐのことを強く思っているが故に、彼女はその感情に突き動かされて、行動に出た。


「……言い訳はしない」


 と彼女は明瞭な声で言う。風に吹かれても揺らがない、まっすぐとした声。


「どんな理由があろうが、私のやったことは変わらない。私はそよぐの告白が失敗するように動いた。そこにどんな理由があっても、私のやったことは最低だし、非難されるべき行為だ。他人の人生を大きく阻害したのだから」

「それを自分で言うのは卑怯だよ」


 最低だと自分で言うぐらいなら、初めからしなければよかったのだ。春原さんと青次の心の動きに任せて、見ているべきだった。もしかしたら何もしなくても二人の仲は壊れていったかもしれない。

 行動に移さずとも、彼女はそれを願うにとどめるべきだったのだ。

 考えたことを行動に移すことはある種の美徳だけど、今回のことに限ってそれはただの悪徳に他ならない。


「……君は僕を、利用したわけだ」

「そう」


 と彼女の肯定は軽々しい。


「君は私に利用されただけ。だから檜山くんとそよぐのことで負い目を引き受ける必要はないよ。君は何一つ、悪いことをしていない。悪いのは私だから」


 と、言われても僕は青次に対して申し訳なさを抱かずにいられない。青次とそよぐさんの可能性を奪ってしまった原因の一端に僕がいるのは、間違いがなかった。


 それに。


「君に好きだと言われた時、僕は本当に嬉しかった」


 彼女はまっすぐこちらを見据える。


「確かに、違和感がないわけじゃなかった。そりゃ、いきなり誰かから好かれるなんてこと、ないよね。他人を好きになるにはそれなりの理由があって、見ず知らずの人間から何の過程もなしに好かれるなんて奇跡だ」


 その奇跡が自分の身に起こったのだと、ほんの少しだけ思ったりもした。


 彼女は僕にも見つけられなかった僕の良いところを見抜いてくれて、それを理由に僕を好きになってくれたのだと、思った。


 でも結局それは嘘に過ぎなかった。


 他人の恋路を邪魔する手段に他ならなかった。


「家族を除いて、僕のことを好きだと言ってくれたのは君が初めてだった。手紙が下駄箱に入っているのを見た時、物凄く期待をしたし、好きだと言ってくれた時は、魂が震えた気がした。良い名前だと言ってくれたのも、物凄く嬉しかった。出会いが運命だって言ってくれたのも、その時点では信じられなかったけれど、もしかしたらこういう運命の形もあるのかもしれないって思ったんだ」

「でも、君はあの時点で私の告白を受け入れなかった」


 と言ってくる。彼女はどういう気持ちでそういう言葉を言うのだろう? わからない。わかりたくもなかった。


「別にそれは矛盾していないと僕は思う。確かに物凄く嬉しかったけれど、それと君と付き合っていくことは別の問題に思えたんだ。恋愛なんてしたことがないからわからないけれど……ただ君から好かれるだけの関係はたぶんうまくいかない。そうじゃなくて、僕も君のことを好きにならないと、続いていかないんじゃないかって思ってたんだ」


 言っていて、気が付く。もしかして僕は、彼女のことを好きになりたかったんじゃないかと。

 好きだと言ってくれる人間に対して、正当な手順を踏んで愛を返したい、と思うことはそこまで不自然ではないはずだ。


 僕が彼女のことを観察したのは、彼女はどういう人間で、何に惹かれて、何を嫌っているのかを知りたかったからだ。たぶんそれは、僕なりの準備みたいなものだった。愛情を適切に彼女へ送り返すための、準備。


 結局それは、今ここで破綻してしまったわけだけど。


「……なんで僕だったんだ。青次の友人はほかにもいただろう」

「ああ、それは色々あって。まず、君が一番檜山くんに近かった。クラスも一緒で席も隣。檜山くんと話す頻度が一番高いのは、渡波くん、君だった。それと……」


 彼女は右の人差し指を立てる。


「昨日さ、自動販売機の前で、私にお勧めの飲み物を訊いたよね。私はリンゴジュースをお勧めしたわけだけど、君はお茶と水で悩んだ挙句、運任せでボタンを押して、水を買った。君はそういう人間なんだ」

「そういう人間?」

「他人にアドバイスを求めて、結局は運任せで選択するような人間だってこと」


 何かを言い返すことはできた。しかし、黙って話を聞く。


「そよぐの告白の話を聞いた時から、私は告白を失敗に追い込む作戦を考えていた。そよぐを騙って檜山くんの身近な人間に告白をして、檜山くんに疑念を植え付ける。だとすると、告白の相手は限られてしまう。私やそよぐのことを知っている人間は騙せないから」


 つまり、同じ中学の生徒は、告白の相手には選べなかったというわけか。同じ中学に通っていたなら、春原さんのことも、目の前の彼女の名前も知っているから。


「私のこともそよぐのことも知らない。かつ檜山くんの知り合いという要素を勘案すると、自ずと告白の相手は限られてくる」

「条件にぴったり合う人間が、僕だったというわけだ」

「そう。ちょっと観察しただけでわかったよ。君は優柔不断な人間だ。決断が苦手で、受動的に生きているように私の眼には映った。だから、きっと告白のことを檜山くんに相談してくれるだろうと思ったし、実際、君は告白されたことを相談して、檜山くんにそよぐに対する疑念を芽生えさせてくれた。思ったより、時間はかかったけどね」

「……そっか」


 彼女が僕を選んだ理由はちゃんとあったのだ。

 僕でなければいけなかった理由。それは、僕が青次の友達で、彼女のことも春原さんのことも知らないで、加えて他人に相談しそうな人間だったからだ。

 ただそれだけだったのだ。




「悪いとは思っているよ」


 と彼女は言う。風が吹いて窓に桜の花弁を打ち付ける。空はもう限界で、今にも大粒の雨が降りだしそうだった。


「そんなことを言われたってね」


 許すことはできない。そもそも僕は許すような立場にはない。青次や、春原さんこそ、被害者であって許す立場にある。彼らが今回のことで失ってしまったもの。あったかもしれない尊い時間や、心の通い合いが失われてしまった、ということが、僕には残念に思われて仕方がなかった。


「春原さんは、ひどく傷つけられたんじゃないかな。信頼されている人から、こうして裏切られてさ。他人の心情を僕が代弁するのも間違っているかもしれないけど」

「どうかな」


 と彼女は曖昧な答え方をする。責任逃れをしようとしているようには見えない。

 僕には彼女がわからない。


「君の名前……いや、いい。知りたくもない」


 できれば、文理選択でも彼女とは違う選択をしたい。そして、彼女のことをこれ以上知らずに過ごしていきたい。彼女が何を感じ、何を考え、どう行動するか、それら全てが僕の感知しえないところで進行していってほしかった。


「じゃあ、僕はもう行くよ。もう会うこともない。来年以降、もしクラスが一緒になっても、初対面として振る舞おう。必要に迫られなければ僕からは話しかけないし、そちらからも話しかけないでほしい」

「うん。それがいいね」


 僕は振り返ってその場を離れる。校舎裏の舗装されていない地面は湿っていて柔らかく、歩くたびに嫌な感触が足裏から伝わってくる。


 建物の角を曲がると吹奏楽部が発する楽器の音が聞こえてくる。遠くからは運動部の掛け声や談笑が聞こえてきて、僕はなぜか一人全く異なった場所に取り残されたような気がした。たぶん気のせいに過ぎないだろうと思い、駐輪場に停めてあった自転車を押して校門を通り抜けたあたりで、予報より少し早く雨が降り始めた。

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