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春の嵐と名無しの愛  作者: 青桐鳳梨


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13/18

告白の返事①

 五時間目が終わった後の休み時間、僕は偽者のそよぐに言われた下駄箱に手紙を入れる。放課後、前に会った校舎裏で会おう、という趣旨の手紙だ。


 彼女が校舎裏にやってくるかどうかはわからなかった。手紙を見るかどうかもわからないし、手紙を見たうえで来ない、という選択肢も当然ありえた。


 本物の春原そよぐとあの女の子は仲が良い。たぶん、僕が本物にコンタクトを取ったことは彼女に伝わっているだろう。嘘が露呈したことに向こうは勘づいている。全てを投げ出して、僕とのやり取りの一切をシャットアウトしてもおかしくはない。


 しかし、彼女は来る。


「こんにちは、渡波くん」


 と言ってくる彼女は変わらぬ落ち着いた表情だ。


「ここに呼びだすってことは、告白の返事かな」

「それもある」


 空は重たい雲で埋め尽くされている。風が吹くたびに桜の花びらが散り、雲へとはらはら散っていく。


「……まずは告白の返事をしようかな」


 少し間を空けて、彼女をまっすぐ見据える。


「ごめんなさい。君とは付き合えない。好きだと言われたことは凄く嬉しかったんだけど……ごめん」

「そっか、残念」


 と彼女は小さな声で言った。


「理由とか、訊かないんだな」

「私自身、君に好きになった理由を訊かれても答えられなかったからね。君に理由を求めるのも筋違いでしょう」


 そういうところは律儀なようだ。


「……嘘をついていたんだね。君は、春原そよぐではなかった。春原そよぐは、君と仲が良い女の子の名前だった。昨日、僕に校内で会いたくないとか、近寄らないで欲しいとか言ってたのは、偽名を名乗っていることに気が付かれたくなかったからだったんだね」

「そう。上履きを見れば私の本当の名前が知られてしまうから。よく気が付いたね」

「名前を呼ぶなって言ってたのも、同じ理由だね? 僕が君のことを春原そよぐと呼んでいるところに、君や春原さんの知り合いがいたら、嘘がバレるきっかけになる」

「うん。もしも知り合いが周囲にいたとしたら、どうして違う名前で呼んでいるのかって不思議がられてしまうからね。だから、人が多い校内ではできる限り会いたくなかったんだ。それなのに、君が約束を破って会いに来るから」

「それはごめん。忘れちゃってたんだ」

「ふふ、ひどい」


 と微笑む彼女の表情は穏やかだ。


「君はどうして、僕に春原そよぐと名乗って告白してきたんだ?」

「どうして? それ、言う必要あるかな」

「知る権利ぐらいあってもいいだろう。嘘をつかれたわけだし」

「それはそう。でも、渡波くんは理由にこだわってばかりだね。最初にあった日から、ずっと。理由ってそんなに大切かな?」


 最初に会った日、告白された日。僕は彼女に、好きになった理由を問うた。


「僕にとっては、理由は大事なものらしい。うまく表現できないんだけど……知っておけば安心できるって言うのかな。人間の行動の根本には、何かしら理由とか原因があって、それがわかれば相手のことを深く理解できる気がするんだ」

「ふうん」


 と彼女はどこかつまらなそうに相槌を打つ。おもしろい話ではない、という自覚は僕の中にもあった。


「それを聞くと、私たちは根本から合わなかったんじゃないかなって気もする。私は理由なんてそこまで気にしないから。どんな理由があっても、好きなものは好きだし、受け入れられないものは遠ざけたくなる」

「……考えはわかる」


 理由がわかっても、許容できないものは存在する。

 たった今、僕らが向き合っている彼女の行為、そしてその根底にある行動原理。それらが、僕にはなんとなく理解できる。


「実は、君に告白されてから、君のことをたくさん考えたんだ。どうして君は僕を好きになったのか、どうして僕でなければいけなかったのか。それらを知るために、僕は君のことを知ろうと思った。君が何を考え、何を感じ、どう行動するか。それがわかれば、君がどうして僕を好きになってくれたのかわかると思って」

「そう。そうなんだ。何かわかった?」


 なんて皮肉めいたことを涼しい顔で言う。そんな言葉が吐けるということも、今ようやく知った。

 やはり、僕は彼女のことなど何一つわかっていなかったのだ。名前さえ知らなかったのだから、当然といえば当然のことだ。


「昨日、君は春原さんと校舎裏で昼食を食べたよね。実は、僕も君らのすぐ近くにいて、君らの話を聞いていたんだ」

「あ、え、そうだったの? 気が付かなかった。探偵みたいだね」

「どうも」


 ストーカーと言われなかったので、少し安心。


「話を聞いていると、君たちは告白の話を始めた。誰かに告白をして、その相手は返事を保留にしているという話を。相手のその優柔不断な態度に、君らは、特に本物の春原さんは不満を覚えているみたいだった」


 実際に話してみた今ならわかるのだが、確かに春原さんは、待つことが苦手そうな性格をしている。彼女は待つのではなく、自分から動いて結果を掴み取る人間だ。


「最初、二人は僕の話をしているのだと思っていた。僕に告白した君が、春原さんに相談をして、それで春原さんがそのことに対する感想を述べているのだと思った。実際、僕は君の告白を保留にしたわけだし、不満を垂れているのは春原さんばかりで、君は擁護するようなことを言っていた。それは君が僕の告白を待つ立場だからで、春原さんは単なる部外者でしかないから、だから君は僕の肩を持ってくれて、春原さんは文句をひたすら言っている。そういうことだと思っていたんだ」


 目の前の彼女は、黙って僕の話を聞いている。相槌すら打たない。


「でもそれは違ったんだ。僕は決定的な思い違いをしていたんだ」


 目の前の彼女が、友人に告白の相談をしていて、その上で、僕の優柔不断を詰っているのだろう。僕は完全にそう思い込んでいた。


「思い込みに気が付いたのはついさっきのことだった。僕が君との約束を破って、三組に押しかけたとき、本物の春原そよぐに出会った」

「驚いたでしょ?」

「驚いたってもんじゃない。骨盤をハンマーで思いっきり叩かれたみたいな、そんな衝撃だった」

「重症だね」


 と彼女は軽々しく笑うのだが、その重症の原因になったのはまず間違いなく彼女なのだった。


「本物の春原そよぐさんは、僕と会った時に、僕の顔に見覚えがないって言っていた。嘘か本当かはわからないけど、あの人は一度出会った人の名前と顔は忘れないらしい」

「本当だよ」


 と彼女は軽々しく肯定してみせる。


「そよぐの言っていることは本当。あの子は決して、一度覚えたことは忘れないし、忘れられない。物凄く良いことも、ちょっとの悪いことも全部覚えている。覚えようと思えばすれ違った人の顔すら記憶できるし、一年前にした何気ない会話の内容を引っ張り出して、話の続きをすることもできる」

「天才だね」

「天才なんだよ。世の中にはそういう人間がいるみたい。努力とか積み重ねとか、そういった量的なものを凌駕する、圧倒的な才能を持った人間がね」


 にわかには信じがたい。が、今ここでは春原そよぐの天才性などどうでもいい話だった。ただ、彼女が僕の顔に覚えがない、ということだけが重要なのだ。


「話を昨日の昼休みに戻そうか。ヒントになったのは、春原そよぐが何気なく発した一つの言葉だった」

「どれのことだろう?」


 彼女は顎に手を当てて考えるポーズを取る。首元まで伸びた黒髪が、カーテンのように柔らかく揺らいだ。


「覚えてないかな。春原さんは、パッとしない見た目、という言葉を発したんだ」


 ————たとえフラれても、ほかの人間がいる。あんなパッとしない見た目のヤツなんかより、もっとかっこいい人間は山のようにいる。


 あの時、彼女はそのような趣旨のことを確かに言った。


「パッとしない見た目の人……僕はその言葉を、僕に対するものだと捉えた。あの時点で、僕と本物の春原さんは面識がなかったけれど、僕が君たちの様子を隠れて伺っていたように、君らも何らかの方法で僕を観察していたのだと思った。それで、春原さんは僕を冴えない見た目の人間だとジャッジを下したと、そう思っていた。でも、さっきの春原さんとの会話で、その考えが間違いであることに気が付いた」


「そよぐが、君の顔に見覚えがないって言ったから、だね?」


「そう。春原さんは僕の顔を見たことがないと言った。でも、昨日の昼食時には、僕の顔をパッとしないと評していた。これは明らかに矛盾している。そもそも彼女は僕の顔を見たことがないんだから、評価の仕様がない。見たことのない人の顔を、パッとしないって評価するのは、いくら傍若無人な人でもしないはず」


「あの子、だいぶ傍若無人(ぼうじゃくぶじん)なところがあるけどね」


「ああ……聞いたよ。数学の先生と派手に戦ったんだって? でもそれも、先生との相性が合わないから生じた(いさか)いだった。会ったことすらない人に無差別に悪口を言うような行動を取るような人ではない。短い会話だけど、春原さんからはそんな印象を受けた」


 妹も姉を尊敬しているようだった。極端に性格が悪かったのであれば、ああやって憧憬の目を向けることはないはずだ。


「ともかく、昨日の昼休みの会話と、今日の春原さんの言っていることには辻褄の合わない部分があった。矛盾に直面して、僕は、僕自身の間違いに気が付いたんだ」


 わかってしまえば、物凄く単純なことだった。


「昨日の昼休み、君たちは僕の告白の話をしていたのではなかったんだ。君らの会話に挙がった、パッとしない見た目の人間は僕ではなかった」


 それが僕のことだと思い込んでしまったのは、僕のことを話しているに違いない、という過剰な自意識が原因なのか、あるいは自分の見た目は大したものではないという卑屈さが原因なのか、どちらなのだろう。


「そもそも、思い返せば、君らはあの場で僕の名前を一度も呼ばなかった。君らが僕の話をしている、というのは、完全に僕の思い込みでしかなかったわけだ。君らは、全く違う誰かに対する告白の話をしていた」


 告白はもう一つあったのだ。彼女から僕に対するものではない、全く別の告白が。

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