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春の嵐と名無しの愛  作者: 青桐鳳梨


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11/18

青次の違和感

 木曜日。告白された月曜日から三日が経った。週末の天気は荒れ模様、という予報通り、空の灰色は一層重苦しい。今にも雨が降りだしそうなのに、スマホの天気予報は一日中曇りとの予報で、かえって落ち着かない心地がした。


「嫌な天気だ」


 と登校してきた青次は言う。


「朝なのに朝って感じがしないよな、こんな日は。いっそのこと土砂降りにでもなってくれたほうが気が晴れる。そう思わないか?」

「別に、降っても降らなくてもどっちでもいいって感じ」

「天気と同じでパッとしない意見だな。でも、降ってくれたほうが俺としては嬉しいかもな。校庭が使えないぐらいぐっちゃになれば、体育でもバスケができるかもしれないし」


 最近、体育は体力測定の練習として、校庭で千五○○メートルを走らされている。体力テストで千五〇〇メートルのタイムを測定する機会は別に設けられているのに、その上で練習で走らされるものだから苦痛だ。


「そういや、あれはどうなった」


 と訊かれて、僕は何のことかすぐに悟る。


「昨日、色々とやってたな。相手のことは何かわかったかい?」

「少しは向こうのことを知れたと思う。でも、依然としてわからないことのほうが圧倒的に多い」

「ま、そりゃそうだろう。一日で相手のことを全て理解できるのなら、世界はもっと素晴らしいものになっているはずだ。たった一日程度、相手のことを付け回しただけで理解できた気になるのは、向こうさんに失礼ってもんよ」


 付け回した、という言葉が少し気になったが、昼休みに彼女の会話に耳を傾けたのは明らかに付け回しと呼ぶべき行為だったので、特に反論をせず黙っておく。


「……そういえば、昨日、その女の子と話した時に話題に出たんだけど、青次は文系と理系、どっちに進む?」

「ああ……文理選択なんてのもあったな。やっぱ文系かなあ」

「それは、どうして?」

「文系のほうが楽そうだから」


 単純明快な理由だった。


「てか、どっちでも変わんないだろ」

「変わんない? 変わんないって、どういうこと?」

「どっちを選んでもやるべきことは変わんないってこと。どっちに進もうが、全力でやればそこそこ身に付くものはある。全力でやってりゃ、そのうちやりたいことも見つかって進路も自ずと見えてくるもんさ」


 たぶんな、と結ぶ青次の言葉に、僕は軽い感動を覚えた。

 僕は昨日、文理選択とどうするか尋ねられた際に、『どっちも嫌だ』と回答した。その考えは嫌いだと言われたわけだが、正直、彼女が言った『どっちでもいい』という答えと僕の答えは、言い方の違いはあれど、同じものだと考えていた。


 でも、違ったのだ。彼女は彼女なりに、ポジティブに選択を捉えていたのだろう。青次がたった今言ったように、どちらを選んでも文系、理系なりの良さがあり、どちらの道を選ぼうが、得られるものがあるというのは変わらない。そういった意味での『どっちでもいい』だったのだ。僕のネガティブな意味合いに塗れた『どっちも嫌だ』とは、正反対の意味合いを持った言葉だったと言える。


「……そういうものか」

「ん、何が?」

「いや、ちょっと僕と彼女は合わないかもしれないって思ってさ。文理選択の方向性も真逆だったんだ」

「ああ、確かに、仲が良いヤツと環境が分かれるってこともあるかもな」


 青次は、僕と告白してきた女の子が、文系と理系で別れてしまうことを想定しているのだろう。でも、問題はもっと根本的なところにある。


 文系と理系はクラスごと分けられてしまう。だから、文系を選んだ人は文系を選んだ人たちと、理系を選んだ人たちは理系を選んだ人たちしか同じクラスにはなれない。文系を選ぶか、理系を選ぶかで、今後出会うだろう人たちと出会わないであろう人たちが決定してしまうと言ってもよかった。


「ま、でも別にいいんじゃね」

「文系、理系で別れても?」

「それもあるけど、考え方が多少違っていても、大した問題じゃないと思うんだよ。考え方の違いってたぶん、会話したり一緒に過ごしたりするうちに、自然といい感じに修正されていくものだから」


 そうなのだろうか? 僕にはそういうことがいまいち想像できない。


「俺らだって、あまり性格は同じじゃないがうまくやれてるじゃないか」

「友情と恋愛はちょっと違うんじゃない?」

「そうかあ? 俺にとっちゃ、恋愛は友情の延長線上にあると思うんだがな」


 と聞いて、そういう考えもあるのか、と納得した気分になる。青次にとって、恋愛とはそういうものなのだ。


 では、僕にとって恋愛とはどういうものなのだ? ……考えても、すぐに答えは出てきそうにない。

『どっちでもいい』『どっちも嫌だ』というポジティブ・ネガティブの差以上に、僕と僕のことが好きだと言ってきた「春原そよぐ」の間には、大きな断裂があるような気がしてならない。昨日出会った、春原さえるから見た彼女と、僕から見た彼女、そして彼女自身が認識している自分自身の間で、何か決定的な食い違いがあるような気がするのだ。


 気がする、だけで結局それは勘の域を過ぎないのだが。

ただ、僕が感じている断裂を飛び越えて、彼女が愛を伝えてきてくれているのであれば、これほど幸福なことはない。

 不意に風が吹いて教室の窓を震わせる。がたがたがた、と揺れる窓に写る曇り空の灰色は、見るたびに濃く暗くなっている。


「……ちょっと話は変わるんだけど、青次の中学校から緑北に来た生徒って、結構いるわけ?」

「そんなに多くはないと思うぜ。十人ぐらいかな」


 三六〇人中の十人。確かにあまり多くはないか?


「どうしてそんなことを訊く?」

「いやちょっと気になって……」


 青次たちが通っていた中学校。そして同じく通っていた神野早紀。春原そよぐ。


「……ねえ、春原そよぐって、どんな人?」

「春原そよぐ? お前、あいつとも知り合いなのか?」


 青次は少し引き締まった表情になる。


「神野とも知り合いだったんだ。おかしいことではないかもしれんが……世間は思っているよりも狭いもんだねえ」


 その意見には同意せざるを得ない。僕に告白してきた日、彼女は運命という言葉を口にしたが、何らかの不思議な力学が僕らの間に働いているように思われた。


「どんな人……どんな人か。改めて訊かれるとちょっと難しいな」


 人の性質を的確に言葉にするのは、思ったよりも難しい。簡単に表現できるのは、高校生で、ここから家が近いことといった、極々表層的なことだけだ。


「なんか、聞いたところによると、教師とかなりやりあったとか」

「ああ、寺田の一件か」


 寺田、というのは例の数学教師だろう。


「寺田はかなり嫌われてたし、嫌われるようなこともしていたからなあ。それでもあいつをやり込めようとする作戦を立てて、それを実行するっていう決断力は大したものだよ。いや、褒められたことではないことは確かだけど」


 やはり、昨日の春原さえるの話は本当だったらしい。


「全教科百点を取ったって?」

「ああ、数学以外な。もちろん、やろうと思えば数学だって百点が取れただろうよ。学力はうちの学校の中でもダントツだったな。行こうと思えば、もっと偏差値の高い高校に行けたんじゃないか。というか、実力的にはここだと低すぎる」

「……なんで、この学校を選んだんだろう?」

「さあな。指定校推薦を狙っているのか、あるいは単に家から近かったからか。あるいはその両方かもしれない」


 指定校推薦、というのは一年生の頃から良い成績を取り続けることによって、大学に推薦入学できる制度だ。指定校推薦が取れると、大学の学力試験を受けずに大学へ入学できる。すなわち、キツイ受験戦争に参加せずに大学入学が果たせるのだ。


 推薦を取るためには定期テストで良い順位を取り続けなければいけない。そこで、あえて自分よりも学力帯の低い高校へ入学すれば、あまり労せずともテストで高い順位が取れる、という戦略を採る学生が一定数いるという。高校入試の時点で大学進学を視野に入れて戦略を立てているのだから、大したものだ。


「ただ、寺田の一件を起こすようなヤツが、家から近いから、みたいな適当な理由で学校を選ぶとも考えにくい。何かしら理由はあると思う。その何かはわからないが……」


 そこで青次は不自然に硬直し、腕を組んで黙り込む。


「どうした?」

「いや、別に何でもない」


 と青次は言う。何でもない、と本人が言うのだから、特に訊きただすことはしない。


「で、その春原がどうした? また部活動見学で遭遇したのかい?」

「いや……実は、告白された」


 青次の目が見開かれる。


「……は? 告白された? 誰から」

「春原、そよぐだけど……」


 五秒ほど、青次は沈黙する。


「本気で言ってんのか?」

「え、本気、だけど……月曜日、校舎裏に呼び出されて、告白された」


 また、青次は口を噤む。視線が右へ、左へ動き、口が開いたかと思えば、何も言葉は出ずに口は閉じる。それから深いため息が漏れた。


「……そうか。そうなんだな」

「ああ……なんか、驚かせちゃった?」

「驚いたなんてもんじゃない。骨盤を思い切りハンマーでぶっ叩かれたみたいな感じだ」


 物騒な例えだ。腰が抜けるぐらい驚いた、というわけか。


「それで祥……お前はその告白を受けるのか?」

「え、いや……どうかな」

「そうか……祥、こんなことは言いたくないんだが」


 口を一度閉じ、そしてため息をついて、言葉を続ける。


「告白は断ったほうがいい」

「え……それは、どうして?」


 青次はまた黙ってしまう。


「とにかく、やめておいたほうがいい。俺から言えることはそれだけだ。判断はお前がするべきだが、とにかく忠告だけはしておくよ」


 トイレ、と呟いて青次は教室を出ていく。戻ってくる頃に、始業を告げるチャイムが鳴った。

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