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第5話 再生と終章

王国財務庁前――。

白い布が翻り、《王国債権者会議》の幕が上がりました。

かつて閉ざされていた金庫の扉が、この日だけは大きく開かれています。

貴族も、商人も、市民も、誰もが入場できる。

それ自体が、もうひとつの“再生”でしたわ。


壇上に立つわたくしの前で、ざわつく群衆。

「破産令嬢だ」「あのパン屋の」「借金哲学者」――。

ふふ、好きに呼びなさいな。

人生における肩書きなど、信用取引のようなもの。

時価評価は常に変動いたしますの。


「皆さま!」

わたくしは焼きたての丸パンを掲げました。

「このパンは、“破産”から生まれたものですわ!」


ざわめきが広がる。

「破産とは、失敗の別名ではありません。

 “もう一度立ち上がるための、制度的リセットボタン”ですの!」


笑いが起こりました。

年配の商人が「リセットボタンて!」と吹き出し、場内がほぐれていく。

笑いが伝播すると、不思議と希望も伝染するのですわ。


「王国も、人も、同じです。

 借金を恥じるより、誠実に整理するほうが信用を生みますの。

 それが破産法の真髄――“正直者が再び立ち上がる権利”。」


わたくしは群衆の中の子どもを見つけました。

「あなた。パンは好き?」

「うん!」

「じゃあ覚えておいて。焼きすぎても焦げても、またこねればいいの。

 それが、“再生”ということですわ。」


拍手が波のように広がりました。

貴族も、商人も、農民も――笑っていた。

パンの香りが、空気の棘をまるくしていく。



会議が終わったあと、セドリックが壇上に上がってきました。

「まるで宗教みたいだな。」

「宗教と制度の違いは、信者が増えても破綻しないことですわ。」

「いい演説だった。……で、結局パンは完売だ。」

「経済は感情から始まりますの。恐怖より、希望のほうが売れ行きがいいのよ。」


彼が手帳を開きました。

「王国再建計画、初年度案。財政健全化まで五年の見込み。」

「五年……人間も立ち直るのにそれくらいかかりますわね。」

「パン屋のローンも五年契約だ。」

「偶然って、経済的に美しいわね。」


わたくしたちは笑いました。

けれどそこに甘さはなく、香ばしい達成感だけが残りました。

国も人も、焼き上がるまでは手を抜けないものですわ。



数ヶ月後――。

《パン工房・再生》は街で評判の店になっておりました。

看板の下には、新しい一文。


“破産者割引あり(※再起業者証明書提示で一割引)”


ある日、ひとりの老人が入ってきました。

「わしも昔、破産したんじゃ。」

「おめでとうございますわ。再生記念に一割引ですの。」

「……おめでとうって言われたのは初めてだ。」

「制度を使いこなした方に敬意を払うのが、これからのマナーですわ。」


老人が笑い、パンを受け取る。

セドリックがレジでつぶやく。

「君、本当に破産を文化にしたな。」

「そうね。“貧困ビジネス”より、“希望ビジネス”のほうが健全ですもの。」

「商標登録しておけ。」

「もう申請済みですわ。出願料は分割払いで。」



夜。

帳簿を閉じ、わたくしはランプの光の中で焼きたてのパンを見つめました。

「パンというのは不思議なものですわね。

 焦げても、形が崩れても、粉を混ぜ直せば明日にはまた焼ける。

 人間も、国家も、そうあっていいと思いません?」


セドリックが笑う。

「結局、お前はパンの話しかしないな。」

「ええ。パンは経済であり、哲学であり、そして再生の記録ですわ。」


外の風が看板を揺らしました。

《パン工房・再生》――今日もその灯は、あたたかく燃えています。

破産した国も、破産した人も、笑いながら再び歩き出せる。


わたくしは最後に日誌を開き、一行だけ書き加えました。


“破産は、敗北ではありませんわ。

ルールの中で、もう一度生きる方法ですの。”


ペンを置く。

インクの香りが、どこかパンの焦げに似て――

それが、再生の匂いだと気づきましたの。

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