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第4話 王国債務の真実

「――《パン工房・再生》店主クラリッサ・フォン・エルメル殿、

 王都財務庁より、出頭の命。」


朝、焼きたてのパンより先に、役人が届きましたの。

正確には、命令書を抱えた役人が。

まさか、破産者のわたくしに“召喚状”が来るとは思いませんでしたわ。


「クラリッサ様、いったい何をやらかしたんですか!」とマリベル。

「やらかしてなどおりません。ただ、少々注目されたようですの。」

「“破産した令嬢が経済を語る”って新聞の見出しのせいですね。」

「ええ。広報効果としては優秀ですわ。……ただし、呼び出しが“お願い”ではなく“命令”なのが気になりますの。」

「つまり?」

「“パンを持参して出頭”ですわね。」


セドリックが苦笑しました。

「俺も同行する。あの庁舎、理屈で固めないと出入り禁止になりそうだ。」

「頼もしい護衛ですわね。では非常識なくらい堂々と参りましょう。非常識は改革の母ですのよ。」



王都・財務庁。

荘厳な大理石の廊下を、わたくしはパンの香りを連れて歩いておりました。

隣にはセドリック。黒い上着の袖に、うっすらと小麦粉が付いています。


「なあ、普通こういう会議にパンを持ってくるか?」

「非常識こそ、改革の第一歩ですわ。香りで議論を柔らかくするの。」

「……匂いで説得とは、新しい交渉術だ。」

「理屈が通じない相手には、嗅覚から攻めるのが最短経路ですの。」


扉の向こうでは、すでにざわめき。

国王レオポルド三世と重臣たちが円卓を囲み、机の上には分厚い帳簿と赤い印鑑、そして絶望の香りが漂っておりました。


「クラリッサ・フォン・エルメル殿か。」

「“元”ですわ。現在は《パン工房・再生》の店長兼、債務調整アドバイザーを務めております。」

「……職名に一貫性がないな。」

「破産者は自分で肩書きを発行できるのですわ。自由と責任の両立ですの。」


ざわっ。

大臣たちが目を見合わせる。

(大丈夫、まだ冗談として処理されたわ。審査通過率七割程度。)



議題は深刻そのものでした。

「王国債の利払い遅延」「金庫の空」「増税案の否決」。

財務卿は机に突っ伏し、国王は呻く。

「もはや……破産しか……」

「破産など王の恥だ!」


わたくしはスッと手を挙げました。

「陛下、それは誤解ですわ。破産は屈辱ではございません。

 むしろ、責任を取るための“最終手段”ですの。」

「責任を取る……?」

「ええ。“返せません”と公に認めることこそ、信用の再出発ですわ。

 国民に隠すより、正直に申告したほうが信頼は早く戻ります。」


ざわめき。

「女の身で経済を語るなど!」

「パン屋風情が国政に口を出すか!」

「パンは食卓の民主主義ですのよ。」

わたくしは微笑みました。

「庶民の胃袋を見ずに財政を語るから、国庫がやせ細るのですわ。」


セドリックが静かに口を開く。

「彼女の言うとおりです。いま国が抱える最大の負債は“見栄”です。」

「見栄?」

「“恥ずかしいから破産できない”という虚栄が、損失を拡大している。

 信用は、隠すより開示したほうが回復が早い。」


「……理屈は分かるが、民が混乱する。」

「混乱しないように説明すればよろしいのですわ。

 “王が破産する=国を再生する”と。」

「言葉遊びだ!」

「いいえ、言葉は制度の影ですの。扱いを誤れば国を滅ぼし、使いこなせば救いますわ。」



わたくしは持参した籠を机に置きました。

「こちら、《再生バターロール》。王国再建の試作品ですわ。」

「……食べ物で誤魔化す気か。」

「誤魔化すのではありません。味で理解させるのです。理屈より速く届きますわ。」


老臣がひと口食べ、目を見開く。

「……柔らかい。」

「そうでしょう。外は固くても中は温かい。

 それは“硬直した制度の中にも再生の余地がある”という比喩ですの。」

「たしかに……噛むほどに希望が滲む。」

「その感想、販促用に引用いたしますわね。」


国王が唸った。

「……クラリッサ、提案してみよ。王国再建の道を。」

「かしこまりましたわ。まず“債権者会議”を開き、王国の債務をすべて公開します。

 次に、再生計画を公募。民間商会が提案した改革案を採択していく。」

「つまり、王政の一部を市場に?」

「そうですわ。名づけて《王国株式会社化計画》。株主は国民、配当は未来。」


会議室が静まり返る。

セドリックが小声でぼそりと。

「一周回って天才だな……。」

「二周目で理解されるのが理想ですわ。」



会議のあと。

わたくしは王宮のバルコニーに出て、風に当たっておりました。

夕陽が大理石の床を照らし、光がまるでバターのように柔らかく伸びていきます。

セドリックが隣に立ちました。


「お疲れ。王も貴族も、まんまとパンで説得されたな。」

「理屈で動かない者には、糖質が効きますの。」

「……それでいいのか、国家再生が。」

「いいえ。糖質は入口ですわ。本番は“信頼の再構築”。

 個人でも国家でも、破産から立ち直る仕組みは同じですの。」


「君、破産してから前より輝いてるな。」

「光ってるのはオーブンの照り返しですわ。」

「……そういう返し方、嫌いじゃない。」

「帳簿外の資産として記帳しておきますわ。」



その夜。

国王から正式に《財務再生顧問》の任命書が届きました。

肩書きがまた増えましたわ。

(破産者→店長→顧問。キャリアの方向が多角経営ですわね。)


マリベルが封筒を見て目を丸くします。

「すごいですクラリッサ様! ついに“破産者”から“顧問”です!」

「ええ。人は肩書きを失っても、信用は焼き直せますの。」

「でも、本当に国を立て直すんですよね……?」

「当然ですわ。破産した女が国家を救う――これ以上上品な皮肉、あります?」

「皮肉で国が動くなら苦労しませんよ。」

「では笑いで動かしますわ。笑いは人を救う最古の通貨ですもの。」


窓の外では、王都の鐘が鳴っておりました。

その響きは、なぜかパンが静かに発酵するときの音に似て――

わたくしには、それが国の呼吸が戻る音に聞こえましたの。

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