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8.雲の上の人

誤字脱字報告、本当にありがとうございます。

助かります!

 婚約の打診を受けてから一週間後、私はオルブライト公爵家に招かれた。最初は公爵子息が我が家に挨拶に来る予定だったのだが、彼は留学先から帰国したばかりでとにかく忙しいらしく時間の調整が難しかった。彼の都合に合わせると先延ばしになりそうで、そうなると私の気持ちが萎えてしまいそう。相談した結果、私が会いに行くことで時間を作ることができそうだと返事がきた。


 連絡を取り合う中でお父様が公爵様に、私が緊張してしまうのでまずは堅苦しくしないで二人だけで話をすることを提案してくれた。

 実はお父様とお母様も同行すると息巻いていた。貴族同士の顔合わせならお互いの両親が立ち会うのは普通のことだが、でもそれはほぼ内定している状態のときのことが多い。前向きな気持ちで挑みたいとは思うが、受けるとは断言できない。だから最初は二人だけで話をさせてもらえないかとお願いしたら、承諾を得られた。

 

(でも助かったわ。公爵ご夫妻が同席されると、緊張してヴァンス様と話をするどころではなくなっちゃいそうだもの。それに二人だけの方が踏み込んだ質問もできるという思惑もあったのよね)


 どうなるかわからないお見合いではあるがそれでも気合を入れた。お母様と公爵家を訪ねるのに相応しいドレスを相談する。こんな時、お母様が元侯爵令嬢なのは心強い。

 スコットの時も相談して助けてもらっていたが、頼れるお母様には本当に感謝している。

 何着もドレスを引っ張り出しては着替えて悩んだが、最終的に派手過ぎず地味過ぎない物を選んだ。第一印象は大切ですものね!

 

 当日、私はラベンダー色のドレスを纏った。装飾は控えめでデザインはシンプルだけど腕の袖口とスカートにレースが重ねられて年相応に可愛らしさがある。髪はハーフアップにして同じラベンダー色のリボンを着けた。

 薄化粧を施して爽やかな淑女の出来上がり。自分では満足しているが、切れ長の目のせいで性格がきつそうに見えるのは寛大な心で受け止めてほしいと思う。


 約束の時間にオルブライト公爵邸を訪ねると、恐縮した執事に出迎えられた。つい三十分前までは公爵ご夫妻と公爵子息が私を出迎えるために待っていたのだが、三人とも陛下の呼び出しで急遽登城しているそうだ。急なことで連絡が間に合わず申し訳ないと謝ってくれた。


 密かに執事の対応にホッとした。比べてはいけないがベイリー侯爵家の執事は、私を伯爵令嬢だと下に見ている節があったからだ。高位貴族の使用人の中には、自分も同じ立場のように偉そうに振る舞う人も稀にいる。公爵家の執事は感じが良かった。

 数時間で戻ると言われ出直した方がいいか悩んでいると、可能ならば待っていてほしいと頼まれたので頷いた。

 私は応接室でお茶をしながら待つことになった。案内してくれる侍女は朗らかで安心する。お茶を給仕してくれた侍女も待たせることを何度も謝ってくれたので、逆にこちらが申し訳なくなる。


「お待たせして申し訳ございません。このケーキはセシル様のために朝から料理長が張り切って作ったものです。どうぞお召し上がりくださいませ」

「ありがとう」


 テーブルには紅茶とケーキがある。チョコレートケーキは艶やかでその上にはピンク色の花の形のクリームが飾られている。街のケーキ屋さんで買ったらものすごく高そうな贅沢な一品。私は遠慮なくいただくことにした。


 フォークで丁寧に切り口に運ぶ。一口食べると美味しさが口いっぱいに広がる。甘すぎないので何個でも食べられそう。スポンジの間にはベリーのクリームとベリーのジャムが入っている。

 うっとりと味わっていると側で控えている侍女が微笑みながら私を見守っている。屋敷に来て会う使用人全員が私にすごく好意的でちょっと戸惑う。でもいいことなので気にしないことにした。ケーキを食べ終わりお茶を飲み干すと絶妙なタイミングで侍女がおかわりを入れてくれる。


 ケーキを味わったおかげで緊張が解けた。屋敷全体の空気も穏やかでいい感じ。大切なご子息のお見合い相手となれば、使用人たちからも査定交じりの厳しめの対応を覚悟したが杞憂にすんだ。


 私は気持ちに余裕が出てきたので、オルブライト公爵子息について頭の中でおさらいをすることにした。

 オルブライト公爵子息であるヴァンス様は私より三歳年上の二十一歳。王太子殿下とともに他国に留学をしていて先ごろ帰国された。殿下とは同じ年でよき友人であり信頼の厚い側近である。

 

 ヴァンス様は漆黒の髪に漆黒の瞳を持つ超美形。オルブライト公爵様そっくりの顔は最高級の芸術品と言われるほど麗しい。髪は絹のようにサラサラで肩下まで伸ばしているが普段は後ろに結わいている。見かけは完璧、さらに頭脳明晰で剣術にも秀でている。非の打ちどころがなくて怖い。


 ただ愛想がなく無口で笑顔を全く見せないらしい。社交界では『難攻不落の貴公子』と言われている。どんなに綺麗な女性が声をかけてもまったく靡かないことから命名されたそうだ。

 私は今までヴァンスと話をしたことがない。私が夜会やお茶会などの社交の場に出席する頃にはすでにヴァンスは留学していたので挨拶の機会もなかった。

 ヴァンスは普段王太子殿下の側にいるので、恐れ多くも雲の上の人という存在なのだ。留学前に見た時も遠目でしか確認できず、ぼんやりと綺麗な人だわという印象しかない。ただ妹のアイリーンとは学園在学中や、お茶会に呼んでもらい何度か話をしたことがある。


 アイリーンも美人だけど、ヴァンスとは種類が違う。アイリーンはふんわりとした可憐な美少女で性格もよく優しい。きっと王太子殿下もアイリーンのそういったところをお好きなのではないかと思う。殿下がアイリーンに熱烈に求愛し婚約を結んだという話は有名なのだ。


(それにしても雲の上の人とお見合いかあ……。難攻不落とまで言われている人に婚約の打診をされるなんて、人生何が起こるかわからないものね。できれば浮気性の人じゃないといいけど)


 ヴァンスには浮いた話は全くない。むしろ女性に興味が無いのだと囁かれている。


 そうなのよね。あれだけ綺麗で身分も高く素敵な人の婚約者が、まだ決まっていなかったのにはどんな理由があるのかしら?

 人には言えない変な趣味があるとか? まさかね……。そんな噂は聞いたことがない。でもヴァンスには醜聞をもみ消せるだけの権力がある。

 会う前から悪い想像をしては失礼だ。だけど留学先でもきっと人気があったはずで、女性を選び放題なのに一方的に婚約解消されて捨てられた私に婚約の打診をしてきた。やはり口に出すには憚れるような秘密がありそう。

 もしかしてすでに身分違いの愛人がいて私をお飾りの妻にするつもりかも。場合によっては仮面夫婦か契約妻になってくれと言われるかもしれない。それは嫌かな。私が幸せを諦めたら家族が悲しむ。


 忙しなく頭の中で推理を展開しているとコホンと声が聞こえた。はっと我に返り顔を上げると、いつの間にか部屋に執事が入室していた。私と目が合うと穏やかな表情で口を開いた。


「ヴァンス様がお戻りになりました。今こちらにいらっしゃいます」

「あ、はい。分かりました」

 

 一気に緊張が走る。私は立ち上がりドレスのスカートを直すと姿勢を正し、扉が開くのを待った。








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