36.王女様からのプレゼント
(表情を取り取り繕おうともしない。露骨に嫌な顔をなさるなんて……)
エディット王女もブリアナも私より身分が高いから、遠慮をしないのだろう。でもこのくらいで怯むわけにはいかない。
「本当はセシルさん、野心家なのではないかしら。だって伯爵家に公爵家からお話があったら、そこは身の程をわきまえて遠慮するのが普通でしょう? でも結果的に侯爵子息から公爵子息に見事に乗り換えたのですものね」
エディット王女が可愛らしく小首を傾げる。どんな美談を流してもそれが世間の評価なのは否めない。
「野心などありません。私はヴァンス様の身分ではなく、真摯なお人柄に惹かれてお話をお受けしました。後ろめたいことは一つもありません。これからはそれを証明するために精進してまいりたいと思っています」
「そうは言っても生まれ持った身分による品格は、努力ではどうにもならないと思うわ。そうですわよね? エディット王女様」
ブリアナが参戦してきた。これは伯爵令嬢が侯爵令嬢を差し置いて公爵家に嫁ぐな、の意ですね。気持ちは理解できなくもない。
「ええ、私もそう思うわ。でもそれはブリアナさんではないわよ? ねえ、セシルさん。公爵家に嫁ぐには、それに相応しい血筋というものがあるの。ヴァンス様の幸せとオルブライト公爵家の未来を思うのなら、自分がどうするべきかわかるわよね?」
エディット王女は顎を上げてツンと笑う。ブリアナは共同戦線を張ろうとエディット王女に振ったけれど、あっさりばっさり切り捨てられた。「あなたもお呼びじゃないわ」宣言とも受け取れる言葉に、ブリアナは顔を赤くしてぎゅっと口を引き結んだ。怒っているけどさすがに他国の王女に啖呵は切れないのだろう。肩を震わせ俯いているブリアナがちょっと気の毒になる。
エディット王女は自国で蝶よ花よと大切に育てられていたので、自分が尊い存在だと思っている。その傲慢さゆえに自国で縁談がまとまらず、さらに他国でも断られ続けている。この様子だと自分の性格で婚約がまとまらないと理解していなさそう。
「エディット王女様。兄は血筋よりもその人の本質を見ます。ご存じないのかもしれませんが、セシル様はとても優秀なのですよ。学園在学中はずっとトップの成績だったのです。オルブライト公爵家を支えるのに相応しい能力です。兄は才色兼備の素敵な女性と婚約できたことをとても喜んでいます」
私が返事をするよりも先にアイリーンがにやりと言った。ことさら成績トップを強調したのは、エディット王女の成績がかなりよろしくなかったことを揶揄しているのかも。エディット王女は悔しそうにアイリーンを睨んだ。
(アイリーン様……全力で私の味方をしてくれていて嬉しいけれど、もしかしてワイアット殿下との仲を裂こうとした恨みをついでに晴らそうとしている?)
「でも女性は勉強よりも大切なことがあるでしょう? オルブライト公爵家に入るなら、容姿、それも人を引き付ける華やかさを持っていることは重要だわ。王太子妃とともに社交界をけん引していかなければならないのですもの」
エディット王女はアイリーンに向けつつ私の顔を見て勝ち誇った表情を浮かべた。なにげに私の容姿を貶めている? しかも自分はアイリーンとともに社交界を引っ張っていけると言っている。
「セシル様にできるのかしら?」
できるかどうかはわからない。エディット王女のような魅力はなくても私にできることをやってみせる。世間的にはエディット王女が美人でもヴァンスは私を可愛いと言ってくれた。だからできる!
「生まれ持った容姿を変えることはできませんが、ヴァンス様に恥をかかせないための努力を惜しむつもりはありません」
「でもあなたに流行を作れるかしら?」
エディット王女は自分の頭に手を添える。華やかなヘッドドレスを自慢げに見せつけた。
「そのヘッドドレスとても素敵ですわね。エディット王女様が考えたのですか?」
「ええ、そうよ。デザイナーと相談して――」
不穏な空気を察した令嬢がエディットの話を広げてくれた。エディットは嬉しそうにファッションについて語り始めた。みんなでエディット王女を誉めそやすと空気が和やかになっていく。
その後は穏やかにお茶会が進んだ。終わりに差し掛かった頃、エディット王女が私に向かって言った。
「そうだわ。私、セシルさんに婚約のお祝いのプレゼントを用意したの」
「私に、ですか?」
散々身を引けと言っていたのに、お祝い? と疑問に思ったが考え直した。傲慢でもやはり王女様なのだ。近隣国の王族として配慮してくれたのだろう。
エディット王女は後ろを振り返り自分の侍女に目配せをした。侍女は頷くと用意していた小さな箱を私に差し出した。侍女の態度はどことなく慇懃無礼で目には「王女様のご厚意をありがたく思え」と言っているように感じる。
「どうぞ、開けてみて?」
「ありがとうございます」
私は箱を受け取るとそっと蓋を開けた。ふわりとほのかに甘い香りがして鼻をくすぐる。箱には真っ白なレースで作られた扇子が入っていた。甘い香りがするのは扇子に香水をかけているからだ。
「とても可愛いらしいですね」
私は扇子を広げた。レースには黄色い花の刺繡が施されている。恋敵であってもこんなに素敵な贈り物をくださるなんて、いざとなれば一国の王女として寛容な振る舞いができるのだと見直した。
「気に入ってもらえたかしら? あなたのために作らせたものよ」
「わざわざですか? 光栄です。ありがとうございます」
エディット王女は満足げに頷いた。
「よかったですね。セシル様。世界に一点だけの扇子、羨ましいですわ!」
他の令嬢が羨望の眼差しで扇子を見て声をかけてきた。ちらりとブリアナを見ると唇を噛んで私を睨んでいる。私はそれを見なかったことにして、再びエディット王女にお礼を伝えた。




