35.お茶会スタート
アイリーン主催のお茶会当日。
私は張り切って着飾りウキウキしていた。行きはヴァンスが迎えに来てくれて帰りも送ってくれることになっている。
「わざわざありがとうございます」
「城に行くついでだから遠慮はいらない。それにセシルと一緒にいられる時間が増えて嬉しいからな」
「わ、私もです」
私は頬を染めて小さく返事をした。お互いに気持ちを伝え合い私たちは両想いになった。そして私の中の意識が変化した。今まではヴァンスの隣はどこか仮の居場所のように感じていた。でもそれがヴァンス公認の私だけの指定席になった。大きく昇格して自信がついた。誰に何を言われても「ここは私の場所」とそう言える。
両想いだと分かったあとのヴァンスは私に対して明らかに糖度が増した。すごく嬉しい。恥ずかしいけれど嬉しいのほうがずっと大きい。だってその糖度は私に女性としての自尊心を与えてくれて、もっと素敵な女性になりたいと思わせてくれるから。
馬車に揺られながらヴァンスを見ると終始にこやかな笑みを浮かべている。そこには鉄壁の貴公子の面影はない。
私はヴァンスの隣に座っている。最近は正面よりも隣に座ることが多くなった。隣に座るとヴァンスは私の手を握る。いちいちドキドキしてしまう。これは婚約者なら普通のことなのかしら? 手汗を心配するのは私だけ?
ちなみにスコットと手を繋いだことはなくて、触れるのはダンスのときだけだった。だから参考にはならない。
(ううっ、ヴァンス様の微笑みは破壊力がすごくて心臓が!)
手汗を気にしている間に王宮に着いた。馬車止めでヴァンスとは別れた。ヴァンスは名残惜し気にしつつも、キリっとお仕事モードの顔になり殿下の執務室へと向かった。
ヴァンスと離れる寂しさとヴァンスから発せられる甘い空気から解放された安堵とで複雑な心境になりながら、私は出迎えの侍女の先導でアイリーンのもとへ向かう。
お茶会は王宮の庭園で行われる。実は今日のお茶会にはエイダも呼ばれている。当然アイリーンはエイダの事情もスコットの起こした事件も承知しているが、無事に解決したと判断しエイダを招待してくれた。これはオルブライト公爵令嬢としての考えではなく、次期王太子妃としての考えだ。
色々あったがベイリー侯爵は本来忠臣で親馬鹿さえ正せれば、蔑ろにできない存在だ。しかもオルブライト公爵家に弱みを握られた形になるので、今後何かとアイリーンの味方になってくれるだろう。
スコットは自宅謹慎継続中で、その分エイダが社交をこなす。王太子妃となるアイリーンにお茶会に招かれることは重要なことだ。エイダの立場を強くする。私にとっては社交界で親しくできる友人が増えることが心強いし嬉しい。
「ベイリー侯爵子息の奥方エイダ様はもう到着されているのかしら?」
先導してくれる侍女に問いかける。
「それが先程早馬で遅れるとの連絡がありました。途中で馬車の故障があったそうです」
「まあ、それは心配だわ」
「お怪我はないそうです」
「それはよかったわ」
怪我がなくて何よりだけど運が悪い。始まる前にエイダと話せたら少しはリラックスできるかと期待していたが、間に合うかどうかは厳しいところかも。
実はお茶会には特別なゲストがいるので緊張している。アイリーン曰く「招かざる迷惑な客」であり、私にとっても関わりたくない女性なのだ。
そのゲストとはキルステイン王国の第五王女エディット様である。エディット王女は以前ワイアット殿下に執心していたが最終的に諦めて帰国した。ところが最近ヴァンスに婚約の打診をしてきたという。
(私と婚約をしているのを知っていて打診するって意地悪ね)
すでに断っているが王家に再度前向きに考えるよう説得してほしいと依頼してきた。王家はヴァンスの意思を尊重するとして再び断りを入れてくれたので安心していたのだが、その矢先にエディット王女がアイリーンに旧交を温めたいと押しかけ……訪問してきた。これは諦めていない証拠だろう。面倒な予感しかない。
そのせいで殿下やアイリーンそしてヴァンスも迎え入れる準備で大わらわとなった。アイリーンは「旧交? 温める? 私はエディット王女様と友人になった覚えはない!」と目を吊り上げ怒っていた。断ることも考慮したがすでにこちらに向けて出発しているとのことで手紙を送っても入れ違いになる。押しかけではあるが来てしまったものは仕方がない。さすがに追い返すわけにもいかず、形式的に歓迎せざるを得なかった。
その王女は一昨日到着して王宮の客間でゆっくり過ごしている。アイリーンはお茶会に招きたくなかったが、エディット王女はその情報を得るや否や出席すると申し出てきた。アイリーンは心底不本意ながら招待することにした。
ヴァンスには「もしもエディット王女が難癖をつけてきても無視をしていい」と言われているが、私が強気に出て国際問題にならないのか心配している。ヴァンスもアイリーンも問題ないと請け合ってくれているが、私としては穏便にエディット王女が帰国してくれることを願うばかりだ。
庭園に着くとアイリーンがわざわざ迎え出てくれた。私が一番乗りのようだ。
「ようこそ、セシル様」
「アイリーン様。本日はお招きいただきありがとうございます」
「今日は楽しんでくださいね、と言いたいところだけれど呼んでいないゲストのせいで不愉快な思いをすることになってしまいそうね。ごめんなさい」
「いいえ、大丈夫です。アイリーン様のせいではありませんし、お気になさらないでください。それに私、ヴァンス様は絶対に渡しませんから」
「ふふ。頼もしいわ。お兄様が聞いたらきっと浮かれてしまうわね」
「そうだといいのですが」
会話をしているうちに招待されている令嬢たちがやって来た。私は侍女に案内されて席に着く。そうこうしているとあっという間に席は埋まる。今日のお茶会はアイリーンと年齢の近い女性が集まっている。それ以外の女性はまた別日のお茶会に呼ばれることになっている。
全員が席に案内されるとアイリーンが自分の席の前に立つ。私たちも立ち上がった。席は円テーブルを囲むように配置されていて、アイリーンの右隣はエディット王女の席が用意されている。身分の高い順にアイリーン近くになる。その隣の隣に私の席がある。アイリーンの左隣は自国の公爵令嬢、そして侯爵令嬢……と続いていた。私はまだ結婚前なので、伯爵令嬢として出席しているからアイリーンからは離れた場所になる。
「みなさんようこそお越しくださいました。本日は素敵なゲストがいらっしゃっています」
エディット王女が笑みを浮かべ侍女に促されアイリーンの隣に席に立った。
「キルステイン王国のエディット王女様です」
「こんにちは。エディットです。本日はお招きありがとう。皆さんと会えて嬉しいわ」
私たちは事前に言われていた通り拍手で歓迎を示す。アイリーンの合図で全員が着席した。
エディット王女は鮮やかなエメラルドグリーンのドレスを着ている。小さなリボンがスカート全体に着けられていて可愛らしい。頭にはドレスと同じ色のヘッドドレスを着けている。大きなフリルが特徴でスカートと同じリボンが飾られている。
お茶会がスタートしたが空気が重い。それでもアイリーンが中心となりエディット王女に話を振った。そのあとは順番に他の令嬢にも声をかける。
全員に当たり障りのない会話って難しいものだ。それでもアイリーンは上手に話の流れを作っている。私は空いている席をちらりと見た。
(エイダ、間に合わなかったわね)
途中から参加するのは足をすくおうとする令嬢に非難される可能性があるし、エイダも居心地が悪いだろう。
私は今日は聞き役に徹しようと決めていた。みんなの話を聞きながら微笑みを浮かべ頷く。しばらくして話しが途切れたところで、エディット……ではなく別の令嬢に話しかけられた。その令嬢はカーライル侯爵家のブリアナだった。
「セシル様は本当に運がよろしいのね。ベイリー侯爵子息と婚約を解消してすぐにオルブライト公爵子息に見初められるなんて、あまりに出来過ぎた話ににわかに信じられませんでしたわ。それもエイダ様を救うために自ら身を引くなんて随分と崇高な精神をお持ちだと感心していますのよ。ほほほ」
(まあ、噓の話なので信じられないのは理解できる。強引な内容だものね)
ブリアナはにっこり顔で誉めているように装って嫌味を言う。アイリーンから事前に教えてもらっていたが、ブリアナは昔からヴァンスにご執心で何度断っても諦めずに婚約の打診をしてきたらしい。それならまだヴァンスを諦めていないのかも。華やかな美人なのだけど目が笑っていないからちょっと怖い。でも負けないぞ。
「ブリアナ様。そうなのです。私、そのお話を聞いて感動しましたの。それで私がお兄様にセシル様を婚約者にと勧めたのです。お兄様もこのご縁をたいそう喜んでくださったわ」
私が返事をする前にアイリーンがすかさず助け舟を出してくれた。アイリーンの言葉にブリアナとエディット王女が盛大に顔を顰めた。
果たして何ごともなくお茶会は終わるのだろうか――。




