34.シスコンは誤解
もしかして私の願望が幻聴として聞こえたのかな? 現実であることを確かめるために聞き返すと、ヴァンスはキリリとした表情になり居住まいを正した。真剣な眼差しでまっすぐに私を見る。
「セシル」
「は、はい」
名前を呼ばれ反射的に背筋を伸ばした。
「セシルにとって私との婚約は急な話でさぞ困惑しただろう。私はセシルのことをアイリーンから聞いていたので、会ったことがなくても好印象を持っていた。そして会って話をして一緒にいて心地がいいと思うようになった。私はセシルが好きだ」
(ヴァンス様が私に好きって言った! きゃあああああ。う、嬉しい! 幻聴じゃなく妄想でもなく、好きな人に好きだと言ってもらえた!)
こんな奇跡が自分に訪れるなんて信じられない。感動に震えているとヴァンスが私の答えを待っていることに気付いた。私は一度、呼吸を整えて口を開いた。
「私も、ヴァンス様が好きです。お慕いしています」
「ありがとう」
ヴァンスが破顔した。美人が思いきり笑うと攻撃力が高い。その表情の麗しさに動揺しながらも、思いが通じ合ったことに喜びを嚙みしめる。顔も体も熱い。体温が五度は上がった気がする。ちょっとくすぐったくて照れてしまう。
私がヴァンスを見るとヴァンスの漆黒の美しい瞳が同じように私を見つめている。私たちは束の間、言葉もなくただ見つめ合った。しばらくして、はっと我に返った。
「あの、でもヴァンス様の理想の女性はアイリーン様ですよね? 私はアイリーン様のように完璧な淑女とはほど遠いのですが、大丈夫でしょうか?」
シスコンのヴァンスにとっての理想はアイリーンだ。私は足元にも及ばないので、これから気に入らないところとか出てくるかもしれない。もちろん善処するが妥協点を知りたい。アイリーンを目指すのは当然として、具体的な女性の好みを教えてほしい。たとえば髪の長さとかメイクの好みとか。
一拍、沈黙が落ちた。すぐに言葉の意味を理解したヴァンスがあからさまに困惑している。
「は???? アイリーンが理想? いや、私はアイリーンのような女性と結婚したいとは思わないが?」
「え……ヴァンス様はシスコン……アイリーン様を大切にされていますよね。ですから――」
「……シスコン?」
うっかり「シスコン」と口にしてしまった。それに対しヴァンスが呆然と呟く。きっと無自覚なのだろう。衝撃を受けたように体が固まっている。私はどうやってフォローしようかと考えたが思いつかない。
ヴァンスは大きく溜息を吐くと、顔を顰めこめかみを手で押さえている。ちなみに後ろに控えている侍女は俯きながら肩を震わせている。あれは絶対に笑っている。
「セシルはどうしてそう思った?」
迷ったが正直に打ち明けることにした。
「ヴァンス様はいつもアイリーン様のことを楽しそうに話されていますし、最初に会った時に『アイリーンはワイアット殿下と結婚する。王太子妃になるのだ。だからあなたにはアイリーンの足を引っ張るような言動にくれぐれも注意して欲しい』と釘を刺しましたよね? ですからてっきりシスコンなのだと……」
一語一句覚えている私ってすごいかも。でもあの言葉でシスコンだと悟ったのだ。
ヴァンスは俯くと両手で頭を抱えて唸った。
「うっ……違う。アイリーンのことは兄として幸せになってほしいと思っているがそれだけだ。世間一般的な家族を想う気持ちでシスコンではない。だがあの時の言葉は失礼だったな。悪かった。言い訳をするようだが、アイリーンが王家に嫁ぐことで、私と結婚すれば王家と深い関わりが持てると期待する令嬢が多くいたのでそれを警戒して言ってしまった。それとアイリーンの話が多かったのは他に共通の話題がないからだけで、深い意味はない。もし今後、セシルがアイリーンの話を聞きたくなければ、二度と口にしない」
(え……シスコンは勘違い……? 嘘嘘嘘!? 本当に?)
「いえいえいえいえいえいえ! アイリーン様のお話は大歓迎です。ただヴァンス様の理想がアイリーン様なら私で大丈夫なのか不安だっただけです。本当にシスコンだったとしても問題ないですし!」
「セシル……私はシスコンではない。本当だ。まあ、いい。いや、よくないか? とにかく……私には特に理想はない。たぶん好きになった女性が理想なのだと思う。そう考えるのならセシルが理想の女性だな」
「ひえっ! 私が理想じゃ低すぎます」
「そんなことはないと思うが?」
大真面目な顔のヴァンスに私は首をぶんぶん振って否定する。こんなに仕事ができて背が高くて足が長くてものすごい美人で頭が良くて家族思いの男性の理想が私であっていいはずがない。もっと美女とか美女とか美女とか、頭脳明晰とか天才とか? ……よく分からないけれど相応しい理想があるはず。
「理想の女性は人それぞれだとは思いますがヴァンス様ほどの人なら、こう、もっと……美人でスタイルが良くて――」
私は全力で世の中にはもっと素敵な女性がいると説得をし始めた。あれ? なんでだろう? とにかく私が理想では申し訳なさすぎる。
「なぜセシルではだめなのだ?」
「それは……」
「それなら私の理想はセシルだ」
言い淀んでいるとヴァンスが強引に結論を出した。
「は……い……」
「ところで私がシスコンなら、セシルはブラコンだと思うのだが? いつもレックスを自慢しているだろう?」
ヴァンスはどこか揶揄うような口調で言った。
「え…………?」
私はその言葉に衝撃を受けた。自分がブラコンだと考えたことがなかったのだ!
——この日ヴァンスがシスコンでないことと、私を好きでいてくれたことが発覚した。
そして私がブラコンである疑惑が浮上してしまったのだった。




