28.デート
私は婚約者と初めてデートをすることになった。お屋敷でお茶は何度かしたし、夜会に出席もした。それでも二人きりの外出となると緊張する。
当日、ヴァンスが華やかな貴公子姿で私を迎えに来た。いや、普段の王太子殿下の側近としての格好に比べれば地味な格好なのだけれど。ヴァンスはどんな格好をしても華やかになってしまう。
馬車に乗るとヴァンスは一通の手紙を私に差し出した。それは花柄の綺麗な封筒で高貴な雰囲気を漂わせている。ヴァンスは口元を綻ばせているが、誰からの手紙か教えてくれない。しかも封はされていない。私は首を傾げながら手紙を取り出した。広げた便箋には綺麗な文字が並んでいる。手紙を読むとそれはアイリーンから私へのお茶会の招待状だった。
ワイアット殿下の婚約者として王宮でアイリーン主催のお茶会を開く。同年代の女性たちとの交流を深める目的となっていて私も招待してくれたのだ。
「まあ、アイリーン様のお茶会に? 嬉しいです! どのドレスで行こうかしら?」
すぐに屋敷に帰ってドレスを引っ張り出したくなる。その様子にヴァンスが苦笑いを浮かべた。
「セシル。お茶会は二週間後だ。今は私とのデートを優先してくれ」
「あっ、はい」
私はヴァンスに見劣りしないようにと念入りにおしゃれをしている。今日のドレスは以前自分で誂えたものでレックスと相談してデザインを決めたお気に入り。私は自分の感性よりも弟の審美眼を信じている。
「セシルのドレス、よく似合っている。綺麗なブルーでまるで水の精霊のようだな」
「精霊? ほ、褒め過ぎです。あの、ヴァンス様も素敵です」
「……ありがとう」
ヴァンスは一瞬面食らったがすぐにはにかんだ。少しだけ耳が赤いから照れているのかも。誉められることに慣れていそうなのに、その反応はずるい。
私たちが婚約して四カ月が経った。長い時間とは言えないけれど、ヴァンスの色々な表情を知ることができている。これは私に気を許してくれているということよね?
夜会でヴァンスが微笑んだのを見た女性たちが、こぞってヴァンスに話しかけてきたが(隣にいる私を無視して)ヴァンスは誰に話しかけられてもずっと無表情でまさに『難攻不落の貴公子』だった。そして女性たちは次々に肩を落として去って行った(去り際に睨まれた……)
(そう、私だけに笑ってくれる。優越感を抱いてしまうのを許してほしい。だって嬉しいの!)
しばらくすると目的地に着いた。ヴァンスからどこに行くのかを聞いていない。どこに連れて行ってくれるのかとドキドキしていた。馬車から降りると、私は目を見張った。
「ここは……」
王都から少し外れた大型の書店だった。最近できたという話は知っていた。来たいと思っていたがなかなか来ることができずにいた。ここは普段行く本屋の三倍以上の大きさがある。すなわち本もたくさんある!
「ここならセシルが欲しい計算問題集がいっぱいありそうだと思ってね」
「楽しみです!」
問題集もほしいけれど小説も物色したい。店内を探索だ!
私は店に入ると棚をじっくりと眺める。夢中になりすぎてヴァンスのことをすっかり忘れてしまっていたが、彼は私を見守りあとからついてきてくれていた。案内板を見つけると目的のものがある棚の場所を確認して移動する。
「わあ!!」
その棚にはあらゆる問題集がぎっしりと並んでいた。計算集のところを見るとすでに私が持っている問題集もあるが、持っていないものもいっぱいある。これを全部解いたら楽しそう。手を伸ばしまずは一冊を取り出した。ぺらぺらめくり内容を見るとすぐにでも解きたくなる。どれも欲しい。浮かれながら十二冊ほど確保したところで一先ずは満足した。結局小説はやめて全部問題集になってしまった。持とうと思ったら重い。冊数が多いから当然だ。両手で抱えれば何とかなるだろう。
抱えようとしたら横から逞しい腕が伸びて来て、それを全部軽々と抱えた。
「ヴァンス様。自分で持ちます」
ようやくヴァンスの存在を思い出す。慌てて持とうと手を差し出したが、ヴァンスはくすくすと笑いながら首を横に振った。
「このくらいなら大した重さじゃない。任せてくれ」
私では抱えきれない本を余裕で抱えた。ああ、腕が長い。そして力持ち。かっこいい……ときゅんとしている間に、ヴァンスはお会計を済ませてしまった。本の入った紙袋を持ったまま、私を馬車にエスコートをしてくれた。早業過ぎて流されてしまった。
「この後はランチにしようか。堅苦しくなく気軽に過ごせる店がある」
「はい。あの……問題集、重いのに運んでくださりありがとうございます。あとで代金を払いますね」
「まさか私が婚約者から金を取ると思っているのかい? 見くびらないでくれ」
ヴァンスがウインクをして口角を上げた。
(はうっ、そんな可愛い顔、反則ですよ!)
ヴァンスの表情が豊かになり私の心が対応できていない。鼓動が早くなりドキドキとうるさい。
「あの……ありがとうございます」
「どういたしまして」
至れり尽くせりで申し訳ない。
そういえばスコットと外出したことはあるが、買い物や食事に行ったことはなかった。公園で散歩くらいはしたけれど、お店に入ろうと誘われなかった。
だからこういうときのお会計についてはどう対応するのが正解かわからない。後で代金を払うといってもきっとヴァンスは受け取ってくれないだろう。それなら甘えさせてもらおう。脳内会議で結論が出たころでランチをするお店に到着した。
「ここだ」
「可愛らしいお店ですね」
大きなお店は明るくカジュアルな外観だった。お昼時で人も多いが席はたくさん空いている。客層は若い人が多く店の外観通り店内も堅苦しくない雰囲気だ。
ヴァンスが店員に窓際が空いているかを確認すると、店員はにこりと頷き席まで案内してくれた。




