27.私の妹(ヴァンス)
世間一般のアイリーンのイメージはか弱くおっとりとした性格と思われている。実際は短気で基本せっかち。足の筋力が自慢で高いヒールを履いて綺麗な姿勢を維持したまま早く歩く。おっとりとはほど遠い。せっかち過ぎて部屋の扉を開ける前に顔から突っ込んだことが何度もある。額にたん瘤や痣をつくるので前髪は下ろしている。か弱そうな見た目を裏切り風邪も引かない健康優良児。よく食べてよく眠るをモットーに実践している。
ワイアットと婚約してからは淑女らしく振る舞うべく相当意識してゆっくり移動している。でも屋敷に戻ると気が抜けるのか、まだたまに扉に激突している。
そんなアイリーンにとってエディットの短期留学中は忍耐を極めるための修業期間だったと振り返っている。母に似て口が達者なので、一度堰を切ると相手が泣くまで容赦なく追い詰める。でもそこまでするとエディットが王家に正式に抗議をして大事になり、ワイアットに迷惑をかけるからと我慢の子でいた。私は心の中でアイリーンを誉めてやった。
ワイアットはアイリーンのこういうところを含めて好いている。
ワイアットは今でこそ品行方正な王子だが、昔は我儘で傲慢なところがあった。幼いアイリーンに初めて会った時も、気に入らないことがあって癇癪を起していたが、こまっしゃくれたアイリーンに説教されワイアットはショックを受け反省した。自分より幼い子に諭されたことを恥じ改心した。それがきっかけでワイアットはアイリーンに求婚したのだ。後にワイアットは「あれが道を誤らずにすんだ分岐点だった……」と遠い目で呟いていた。
余計なことを思い出してぼんやりしているとアイリーンは目を吊り上げて仁王立ちになった。
「お兄様。まさかエディット王女様の縁談を受けたりしませんよね?」
「ありえない」
「よかった。もし受けると言ったら兄妹の縁を切るつもりだったのよ」
アイリーンは自分が絡まれた時以上に怒っている。アイリーンはセシルを大切に思っている。同年代の令嬢はライバルばかりだったから、親友兼義姉(アイリーンはセシルより三か月後に生まれている)ができると浮かれていた。
「それにしても耳が早いな」
「今朝、陛下宛てにエディット王女様とお兄様の縁談の申し込みが来ていたのよ。お兄様が断らないように王家から説得してもらうつもりだったのでしょうね。両国との友好関係の発展のためにぜひ! ですって。すぐに今の婚約者との婚約を解消させるよう依頼してきたの」
「ワイアットから聞いたのか?」
「ええ、ワイアット様が陛下から聞いてすぐに教えてくれたわ。陛下の意向としてはお兄様とセシル様の意思を尊重するそうよ。当然だわ。というかせっかくの機会、こんな失礼な申し出をする国との友好などぶった切っていいと思うの!」
アイリーンが物騒なことを言っているが、いざとなれば私も国交断絶でいいと思っている。当然陛下も断る前提だろう。私への意向伺いは形式的なものだ。もっとも王家が私たちの婚約をなかったことにしようとするならば全力で戦う。私はセシルを手放すつもりはない。たとえセシルが嫌だと言っても。
そこまで考えて私ははっとした。
(そうか、私はセシルのことが好きなのか……)
――認めてしまえばすっきりする。スコットに抱く苛立ちは嫉妬だ。誰にも渡したくない。いつの間にこんなに惹かれていたのか。
セシルといると無意識に笑えるようになった。なにがきっかけかはわからない。でもセシルの言動や雰囲気が安心感をくれる。警戒せずに自分のままでいられるのだ。セシルには邪な打算がないからかもしれない。
(そういえばセシルが私をどう思っているのか確かめていない。そもそも好感度を上げる対策もできていない。……セシルの立場では公爵家からの打診を断れない。私の前ではにこやかにしてくれているが、本当は嫌だった……ということはないよな? これでもスコットよりははるかにましだと自負はあるが、どう思っているのだろう)
私はレックスと頻繁に手紙のやり取りをして、セシルの好みなどアドバイスをもらっている。その中でもセシルの趣味には意表を突かれた。なんと計算をするのが好きらしい。レックスからの情報でセシルが一番欲しがっている『最新版:超難題! 計算問題集』を取り寄せ贈った。セシルは想像以上に喜んでいた。何ならアクセサリーよりも嬉しそうだったかもしれない。そんなところも可愛くて仕方がないと思う。
自分の気持ちがわかった以上、やはり改めてセシルに告白したほうがいいのか? 婚約しているから振られることはないはずだ。もしくは結婚式の宣誓が告白を含むと考えていいのか?
(………分からん! とりあえず今はエディット王女の件を片付けて、それから考えよう)
「父上は仕事で外出している。帰宅を待って一緒に城に上がり陛下からも正式に断ってもらうように頼むつもりだ」
アイリーンはようやく心から安堵の表情を浮かべた。もう少し兄を信頼してほしいものだ。
「お兄様に限ってないとは思っていたけれど、家の利益を考えて迷っていたら蹴飛ばしてやろうと思っていたわ」
「いやいや、家の利益を考えるのなら、なおさらエディット王女はないだろう?」
「それもそうね! 安心したらお腹がすいたわ。お兄様。久しぶりにお茶をご一緒しません?」
「そうだな」
アイリーンとのお茶の時間は基本的にワイアットののろけを聞かされる。正直お腹いっぱいではあるが、もうすぐ嫁に行く妹との一時を楽しむことにした。
父が帰宅してすぐに事情を説明し、両親と私の三人で陛下に謁見に向かった。そして我が家から正式に断りを入れるとともに、王家からも同じように断ってもらうことになった。これで無事にこの話は終わった。
厄介事も片付いたし、私はセシルとの仲を深めようと意気込んだ。




