26.厄介事発生(ヴァンス)
夜会でセシルを無事にお披露目できた。大きなトラブルもなく安堵した。
その二週間後――。私は従者にある指示を出していた。その従者が屋敷に戻り私の部屋に報告に来た。
「それでどうたった?」
「はい。ベイリー侯爵子息は結婚式の最中もずっと扉を気にして落ち着かないご様子でしたが、最後は諦めたようです。その後は問題なく披露宴を終えられています」
「そうか。それならいい」
従者を下がらせると、この件は終わりだと判断した。
「それにしても馬鹿な男だな。セシルが来ると思っていたのか?」
スコットがセシルに復縁を迫ったと聞いた時、即座にスコットを廃嫡に追いこんでやろうと思ったが父に止められた。確かにそこまですると優しいセシルが責任を感じてしまうだろう。でも見逃すのは今回だけだ。次におかしな行動を起こせば容赦しない。ただエイダについてはスコットと違い同情の余地がある。
エイダは父親と義母によって年老いた商人に金と引き換えに売られる寸前だった。もちろん人身売買は犯罪なので縁組という形になる。だが七十歳を過ぎた男に十八歳の娘を嫁がせるなど異常だ。エイダは使用人として働きながら密かに出奔の準備をしていた。決行当日、街で偶然スコットと会いそして告白を受けて予定を変更した。スコットのプロポーズを受け入れると、すぐに自らスコットとの婚約を広め商人との縁談を壊そうとしたのだ。
スコットはエイダの境遇を知ると正義感を刺激されたようで熱心に両親を説得し、エイダを警備の行き届いたホテルに滞在させた。ぼんくらなわりには変に行動力がある
侯爵はスコットとセシルをそのまま結婚させたかったのだが、エイダがスコットに内緒で侯爵に取引を持ち掛けて応じたことでセシルとの婚約解消を決断した。エイダの機転と豪胆さを認めたのかもしれない。
実はスコットの友人たちはスコットの名前を利用して贋作の美術品の売買をしていた。ベイリー侯爵家の跡継ぎという肩書を信用を得るために利用したのだ。その情報を教えたのだから助けてくれと頼んだ。
使用人は仕える屋敷の秘密を街で漏らしてしまうのは珍しいことではない。エイダは使用人として街に買い物に出ていた時に、その噂を耳にしていたらしい。
エイダは味方一人いない中でよく立ち回ったと思う。そのあとにセシルをフォローする噂を流したことも一応評価してもいい。
考えてみればエイダがセシルとスコットの婚約を破談にしてくれたおかげで、私はセシルと婚約できた。少々複雑ではあるが、一応感謝している。
とにかくこれで煩わしいことが終わったと思ったのだが――。
別の新しい厄介事が舞い込んできた。頭が痛い。私は「はあ~」と深い溜息を吐く。仕事が落ち着いたらセシルをゆっくり外出に誘おうと思っていたのに、目途が立たない。
ヴァンスは気を取り直して先ほど届いた手紙を手に取った。裏には隣国の王家の封緘が押されている。開封し手紙を一読すると再び深い溜息を吐いた。
「それにしても懲りない女だな」
思わず口が悪くなる。手紙の内容は隣国の第五王女エディットから私への縁談の申し込みだ。「私が嫁いであげるのだから、喜びなさい」的な内容にイラっとして手紙を机に放った。
私とセシルの婚約は国内および友好国に伝えられた。そして王家主催の夜会で王太子自ら祝辞をもらっている。期間が短いとはいえ王家が認めた正式な婚約である。
それなのに私宛に婚約の申し込みを送ってくるとは、どういう神経をしているのか。完全に横やりだ。
私にとってエディット王女は問題児という認識しかない。好意を抱く要素が皆無だ。エディットは父親である王が歳を取ってから生まれた子供で溺愛している。その結果、我儘で傲慢な王女の出来上がりとなった。
(そういえば我が国にも親馬鹿がいたな)
ベイリー侯爵を思い出し、常識を逸した親バカほど害悪なものはないなとしみじみ噛み締める。
私とワイアットは留学先でエディットと会った。エディットはワイアットと結婚したいと言ってきたが、ワイアットはアイリーンと婚約しているので当然断った。それでも諦めきれずアイリーンを排除するつもりで、強引に我が国に短期留学をしてきた。私とワイアットはアイリーンを心配し帰国しようとしたが父が許さなかった。留学を全うせよとのこと。
父はアイリーンを溺愛しているが、甘やかしてはいけないところは弁えていた。王太子の婚約者として自分に降りかかった火の粉ぐらい自分で払えないようでは困るということだ。
そう言いつつも父と王はアイリーンの周りに学生に擬態させた護衛を多く配置していたらしい。エディットの嫌がらせはさほど問題のあるものではなかったが、報告を聞いたワイアットはキレて開戦しようと言い出し止めるのが面倒だった。
セシルが助けてくれたことはアイリーンと父の手紙で教えられていたが、まさか自分の婚約者になるとは想像もしていなかった。世の中、何が起こるかわからないものだ。
エディットは留学を切り上げ帰国すると婚約者を探したが、評判が悪すぎて国内に降嫁先が見つからなかった。それで私に目を付けたようだ。きっと自分の申し出を断るはずがないと思っているに違いない。
一般的に他国とはいえ公爵子息が王女に縁談を申し込まれれば栄誉なことだ。友好を結ぶためにも悪い話ではない。だが私は断る。セシルに出会う前でも断るが、セシルに出会ってしまった今となっては他の女性と結婚することなど考えられない。
たぶん王家にも同じ内容の手紙が届いているはずだ。まずは父に相談し、陛下からも断りを入れてもらう。両親はセシルをものすごく気に入っている。母は「素敵なお嫁さんが来てくれて嬉しいわ!」とはしゃいでいた。父もセシルの能力に感心し公爵家は安泰だと喜んでいた。アイリーンは言わずもがな。
ノックと同時にアイリーンの声がした。
「お兄様。今、お時間いいかしら?」
「どうぞ」
アイリーンが愛らしい笑顔で入室してきた。が、目がものすごく怒っている。相当機嫌が悪い。私は何か怒らせることをしたかと思案したが、心当たりはない。
「お兄様のところにエディット王女様から手紙は届いていますか?」
「ああ、来ているな」
私は手紙をひらひらとアイリーンに振って見せた。
「縁談ですよね?」
ものすごい低い声で問いかけてきた。相当怒っている。やはり王家にも手紙が届いているのだろう。陛下からワイアットに伝えられてアイリーンも知ったというところだな。
「残念ながらそうだ」
アイリーンは心底エディットを嫌っている。それは嫌がらせをされたこともあるが、それ以上にワイアットに言い寄ったことが許せなかったらしい。「あちらの国で会った時に、ワイアット殿下と目が合ったのです」とか「この出会いは私とワイアット様を結ばせるために神様が演出してくださったの」とか自慢げに言われてイライラしたそうだ。まあ、腹が立つのは理解できる。
(こう見えてアイリーンは嫉妬深いからな)
エディットへ縁談の断りを入れる前に、アイリーンを落ち着かせるのが先になり面倒事が増えてしまった……。




