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婚約者から「君のことを好きになれなかった」と婚約解消されました。えっ、あなたから告白してきたのに?   作者: 四折 柊


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21/40

21.元婚約者の訪問

 ヴァンスから届いた夜会用のドレスはとても素敵なものだった。お父様は仕事で不在だったので、お母様とレックスの前で着て見せた。


「セシル。よく似合っているわ」

「姉上。とても綺麗です。さすが義兄上が選んだドレスですね!」


 薄紫色のドレスを纏った私はほんのり頬を染めた。レースが重ねられたふわりと広がるスカートに対し上半身はすっきりとしたデザイン。でもレースで覆われていて可愛い。ドレスに合わせたネックレスとイヤリングはダイアモンドで煌びやかだ。豪華な仕上がりにお姫様になった気分になる。


「ヴァンス様にお礼を言わなくちゃ」

「義兄上はお姉さまに見惚れてしまうと思います」

「ふふ。そうかしら?」


 他国に留学していて数多の美女を見てきたヴァンスを見惚れさせることはできないと思うが、似合っていると思ってもらえたら嬉しい。デザイナーさんによるとこのドレスもヴァンスの意見を多く取り入れているそうだ。

 このドレスを着てヴァンスの隣に立つことを想像すると緊張する。


 ヴァンスに対し最初は冷たい印象があった。でも彼を知るほど優しくて暖かい人だと知った。家族思いで誠実で真面目な人。仕事熱心すぎて体が心配だけれど、それは責任感が強い証拠。身分に相応しい、いやそれ以上の自覚を持って生きているのだ。


 無表情で笑わない人だと噂されていたのに、実際は笑顔が素敵で見るたびに心臓がドキドキしてしまう。慣れるまでにまだまだ時間がかかりそう。


「ヴァンス様は噂と違って表情豊かですね」と言ったらヴァンスは困った顔になり、子供の頃にあった恐ろしい体験を話してくれた。その話を聞いて私は怖くて全身に鳥肌が立った。笑顔だけでプロポーズをされたなんて言いがかりも甚だしい。ヴァンスはそれで笑えなくなった。心に大きな傷を負ったのだ。素敵な笑顔が封印されていたのは悲しいし悔しい。

 でも私と会って笑えるようになったと言ってくれた。私は何もしていない。だけどそれが本当で自分がヴァンスの役に立っているなら嬉しいと思う。これからも笑ってもらえるように全力で頑張ると心に誓った。


 幸せな気持ちでいる翌日の午後、それをぶち壊してしまう面倒ごとが転がり込んできた。

 両親はレックスを連れて買い物に出ていて屋敷にいたのは運悪く私と使用人だけだった。


「ベイリー侯爵子息がセシル様にお会いしたいとお見えになりました。どういたしましょうか?」


 対応を訪ねる執事の顔には「追い返しましょう」と書いてある。


「……何しに来たのかしら?」

 

 婚約を解消して私たちにはもう接点がない。あるはずがない。もともと家の仕事の付き合いはないし、むしろ両親はベイリー侯爵家と距離を取っている。私は首を捻り当惑した。約束もなく来たのだから追い返せるが、一応我が家より身分の高い家の子息である。渋々応接室に通すことにした。ただし部屋には侍女と護衛騎士を控えさせておく。


「セシル! 久しぶりだな」


 私の顔を見るなり嬉しそうな声を上げる。馴れ馴れしいし、屈託のない笑顔を浮かべられるその神経を疑う。返事をする私の声はおのずと低いものになった。


「……ベイリー侯爵子息。お久しぶりです。私のことはバセット伯爵令嬢とお呼びくださいませ」


 スコットはあからさまに傷ついた顔をした。


「そんな他人行儀なことを言わないでくれ。僕たちは二年間も婚約者として過ごしたのに」


 その二年間をあっさり捨てたのはあなたですが? しかも好きになれなかったと言って。


「今の私たちは正真正銘他人です。お嫌でしたらこのままお帰り下さい」


 スコットは悲しそうに眉を下げると机の角を見つめた。我を通そうとしているようだが知ったことではない。私は返事がないので立ち上がった。後ろに控える騎士がスコットを威嚇するように睨むと同時に侍女が扉を開けてくれる。スコットは慌てて声を上げた。


「セシル、待ってくれ。分かったから! えっと、バセット伯爵令嬢。話を聞いて欲しい」


 私は溜息を吐くとソファーに戻った。侍女は扉を閉めて部屋の隅に控えている。騎士は威嚇を続けてくれている。頼もしい。スコットは騎士と侍女をちらちら見ながら苦々しそうに言った。


「できれば二人で話をしたいのだが」

「申し訳ありませんがそれは出来かねます。あらぬ誤解をされては私が迷惑ですので」

「冷たいことを言わないでくれよ」

「ベイリー侯爵子息はエイダと結婚式を控えていますよね? 軽率な行動は慎まれた方がよいと思います。それでご用件は?」


 話をしたらさっさと帰って欲しくて捲し立てた。私が譲歩しないと分かるとスコットは机の角を見つめながら小さな声で言った。


「お願いだ。僕と結婚して欲しい」

「…………………………は?」


(この人、毒キノコでも食べて脳みそ腐っちゃったの?)


「あなたから婚約を解消したのに、再び私に結婚を申し込むのですか?」

「そうだ! 僕にはやっぱりセシルが必要だ。エイダの顔はすごく好みですごく好きだ。でも中身は僕の理想と全然違う。エイダは勉強に夢中で僕をほったらかしにするし、抗議をしたら一緒に勉強しようと誘うんだ。僕は必要な勉強は終わっているから必要ないのに。それだけじゃない。僕はチーズケーキしか食べたくないのに、料理人に他のケーキを作らせて何個もばくばくと食べる。大食いなんて恥ずかしいだろう? それにエイダと婚約した途端に友人たちが離れて行ってしまった。それなのに両親はエイダの味方をする。僕はもう誰も信じられない。セシルなら味方になってくれるだろう?」


 今話を聞いて敵になりましたけど! それに私を好きになれなかったのは、顔が好みではなかったということね? あなたの理想など興味ないわ。

 スコットはまさに悲嘆にくれるといった様子で目に涙を浮かべているが同情はしない。そもそも訴えている内容がお子様過ぎる。スコットの勉強はたぶん足りていない。だから婚約していた時はそれを補う意味で私の勉強が増やされていた。今それをエイダがしてくれているのだから、感謝して一緒に勉強するべきだ。

 それにチーズケーキ以外だって食べたくなるのは理解できる。ベイリー侯爵家のチーズケーキは絶品だったけれど、私だって違うケーキを食べたかった。たくさん食べたら恥ずかしい? 私だって出してもらえれば何個だって食べられる。それに友達が離れてしまったのはエイダのせいじゃなくてスコットに問題があったのでは?


 この人、馬鹿なの? 理由が子供じみている。明らかに甘やかされて自分が中心じゃないと我慢ができない人だ。今ならそれがわかるけど、婚約していた時は気付かなかった。

 エイダに不満があるからと私に復縁を迫るなんて厚顔無恥にもほどがある。それに私にはすでに新しい婚約者がいる。たとえいなくても断りますけどね! この様子だと私とヴァンスが婚約をしたことをまだ知らないみたい。


「私に言われても迷惑です。エイダに不満があるのなら、ご両親と彼女と話し合ってください」


 スコットは縋るように私に手を伸ばした。


「エイダは使用人同然の暮らしをしていたところを僕が救ってあげたのだから、もっと僕を大切にするべきだ。それなのに侯爵家を継ぐ自覚をもっと持った方がいいと説教した。酷いと思うだろう?」


 酷くない。スコットには跡継ぎとしての自尊心はあるが責任感は不足している。その意識を促すのは本来エイダではなく親であるベイリー侯爵夫妻がすることだ。エイダはしっかりしているし、当たり前のことを言っているだけ。スコットはたぶん自分でもわかっている。それで言い返せないから私のところに来たのだろう。呆れて物も言えない。


(私、この人のどこが好きだったのかしら?)


 本気で頭を抱えたくなる。この人に失恋して泣いたことが恥ずかしい。黒歴史として穴を掘って埋めて葬りたい。

 でもエイダは真面目に勉強に取り組んでいるのね。それよりもエイダが使用人同然の暮らしをしていたというのは、どういうことなんだろう?


 それにしても……ヴァンスと比べるとあまりにも無様な姿。ヴァンスは毎日朝早くから夜遅くまで働いているのに、スコットは自分の家を守るための勉強すら手を抜こうとする。段々腹が立ってきた。


「私はエイダの言葉が正しいと思います。それにご両親が私との再婚約など認めないでしょう」

「……両親には駄目だと叱られた。それでも母上は庇ってくれたけれど、父上はエイダと一緒に努力しろと……」


 ここに来たのは侯爵夫妻に相談した結果が駄目だったかららしい。相変わらず侯爵夫人はスコットに甘すぎる。それでも侯爵様がそれを拒み窘める分別があって安心した。残念ながら効果はなかったけど。


「当然ですね。では諦めてお帰り――」

「それで! いいことを思いついたのだ。僕とエイダの結婚式にセシルが乗り込んで僕をさらって逃げる。僕はそこで本当に愛しているのはセシルだと悟り、両親とバセット伯爵を説得してセシルと結婚する。これなら世間は感動して祝福してくれる。完璧だろう?」


 感動どころか失笑される。私はスコットの愚かすぎる乙女思考に唖然とした。だいたい駆け落ちして幸せになるのは、愛し合っている者同士でも難しい。そもそもの前提として、私はスコットを微塵も好きではないので駆け落ちをする理由がない。


(こうなってみるとエイダが可哀想。申し訳ないけどスコットとの婚約を破談にしてくれたことを心から感謝したくなるわ)


 もしもあのままスコットと結婚しても、表面的には上手くやっていけたと思う。自分がしっかりしなければという使命感でスコットを支え続けただろう。だけど自己犠牲に酔っていられる時間は長くない。きっと不満が溜まっていずれは破綻したと思う。


 スコットとこれ以上話をするのは時間の無駄だ。背後から冷たい視線を侍女と護衛が彼に向けて放っている。私が馬鹿にされて怒ってくれている。なんて心強いことか。ありがたい。


 私はスコットに帰ってもらうために、すでに婚約していることを告げた。

 




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