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屍食鬼 Ⅲ




 今更の話だが、傭兵カージスが辺境の更に端――いわゆる『ド田舎』としか表現できない地を訪れたのは、仕事の為だ。

 場所はこの湿地帯にあるという、組合(ギルド)の支部はおろか組合員の為の定期便すらない寒村。

 村を出入りする数少ない行商人に文を渡し、その行商人が最寄りの街へ入ったついでに傭兵組合に文を出す、といった体で届いた依頼書によるものである。

 少なくとも過去にこの村から傭兵組合(ギルド)へと依頼が来たことはない。

 街とほぼ繋がりもなく、村自体に組合の影響力が皆無とくれば、仕事が終わった後に依頼料についてゴネてくる田舎者(バカ)も偶に湧く。そうでなくとも依頼料自体がお察しだ。

 依頼人との間に面倒が起こる可能性もあり、報酬は格安であり……有り体にいって外れ仕事というやつであった。


 当然、カージスとしてもこんな仕事を受けるつもりは無かった。

 というか、中央と比べれば報酬額自体が低く、不測の事態も多い辺境での仕事自体、積極的に請け負うつもりはなかった。

 彼としては北の辺境にやってきた事自体、殆ど長期の休息のつもりであったのだ。

 だが、世の中仕事を選り好みばかりできる訳も無し。たとえそれが傭兵というヤクザな商売であってもだ。

 すなわち――組合(ギルド)側からの要請依頼の発行である。

 これが強制依頼になると断った瞬間に重い罰則(ペナルティ)が発生するのだが、要請でも拒否すれば組合からの評価自体は少しばかり下がるらしい。

 互助はあれど他の組織と比べれば独立独歩の要素が強い傭兵組合ギルドとはいえ、可能な限り断るべきではないもの――それが要請依頼だ。


 が、カージス自身も少々迂闊ではあった。


 前の仕事でそれなりに懐が潤っていたのもあって、当初の予定どおり辺境に入ってからはロクに依頼を受けていないこと。

 中央から来た、というだけで何故かやっかみ、噛みついて来る田舎のゴロツキやご同業を少しばかり()()()やったこと。

 前者は装備の新調や負傷の治療など、傭兵にはよくある話ではあるが、後者が短期間で連続してしまったのはよろしくなかったらしい。

 一対多、相手は得物も持っていたという事で全てが正当防衛ではあったが……罪にはならずとも組合(ギルド)の北方辺境支部に少しばかり眼を付けられてしまったのだ。

 どうやら碌に仕事しないくせに、暴力沙汰ばかり起こす問題児として認定されたらしい。当人にとっては甚だ心外な評価であるが。


「次に絡んで来た相手全員の顎を割るような真似をしたら、過剰防衛で罰則(ペナルティ)が与えられますからね」


 斡旋所と宿屋・酒場を兼ねる組合(ギルド)支部で酒を飲んでいたカージスを呼びつけ、笑顔で警告して来た支部の受付嬢の言である。

 結構な美人であったが、その笑みは中央に務める同職の者達に劣らぬ凄味があった。


 だが、彼にも言い分はある。


 自分の行動はあくまで自己防衛の一種だ。

 地べたに優しく転がすだけで済ませては、実力差が理解出来ないレベルの馬鹿は逆恨みを募らせ、闇討ちだの宿への襲撃だの、その他有形無形の嫌がらせを行う可能性があるではないか。

 そんな真似をされたら、こちらとしてはより丁寧に丹念に報復せねばならない。結局は顎を割る位が一番血の流れる量が少ないのである。

 誠心誠意、そんな風に理論立てて抗弁してみたものの、辺境支部の受付嬢は笑顔のまま唾を吐き捨てるという器用な反応を返してくれた。


「中央から流れて来たくせに頭蛮族かよ」


 しかも罵倒のおまけ付きである。理不尽であった。

 結局、目を付けられたのは辺境での依頼受注率の低さと素行の悪さ、両方が揃ってしまった事が原因だ。

 これ達成してくれたら組合(ギルド)からの心証が良くなりますよ、と受付嬢から提示された面倒な要請依頼を粛々と受けるより他、選択肢が無かったのである。

 そんな経緯があり、半ば身から出た錆とはいえ避けようのない事情を以てカージスは今回の仕事を受けた訳だ。


 正直に言えば、依頼を受けた時点でやる気に満ちていたとは言い難い。

 が、正式に請け負った仕事である以上はきっちり達成しようという心積もりではあったのだ。

 そう、()()()。過去系である。

 彼は北方辺境の空を見上げ、相も変わらず重い雲が垂れこめた空模様に、下降気味であった自身の機嫌やモチベーションといったものが更に低下するのを感じた。


「…………やってられんなオイ」


 うんざりした気分が零れた言葉に籠っていたのか、独白は意図せず吐き捨てるような口調になっている。

 上向いていた首を戻し、曇天を眺めていた視界が地上に引き戻されて。

 鄙びた村の景色を背景に、眼前に飛び込んで来たのは腰に手を当てて敵意満々の視線を向けてくる赤毛娘の姿だった。


 気怠さが増幅されたような気がして思わず半眼になるカージス。

 一方で舌打ちでもしそうな表情で口の端を歪める少女。

 互いに隔意がある事を隠しもしない両者であるが、更に厄介な事にこの少女が今回の依頼のお荷物(どうこうしゃ)であることが、傭兵のやる気を現在進行形でゴリゴリと削っていた。


 何故、こうなったのか――時は少しばかり遡る。







 突然の闖入者とその発言にカージスが溜息をつくと同時、表情を厳しくして反論したのは村長だった。


「よさんかイオ。 彼は傭兵組合(ギルド)から儂の依頼でやってきた御仁じゃ、礼を失した真似は許さんぞ」

「猶の事納得いかないわよ! どうしてこんな奴を呼び寄せたの!」


 静かだが強い口調で無礼を咎める老人に、イオと呼ばれた赤毛の少女は冷静になるどころか更に感情を剥き出しにして吠える。

 客間の扉を乱暴に開けて登場した彼女は、そのままズカズカと荒い足取りで歩み寄り、カージス達が話し合っていた丸卓(テーブル)の傍までやってくると、その上に両の掌を叩きつけた。


「この辺りの地形ならアタシの方が詳しい! 余所者の男なんて必要ない!」

「お前では、エルシェルの向かった森まで行かせられん。獣に喰われて死ぬのがオチじゃ……そろそろ本格的に魔獣を狩る訓練をさせる、と(エルシェル)から聞いておったぞ」


 つまりは、眼前の少女は魔獣との本格的な戦闘は未経験、ということだ。

 言葉を詰まらせる赤毛の娘を前に、傭兵は改めて彼女を観察する。


(立ち姿はまぁ、素人よりはマシ。装備は如何にも新米・見習い……二人の発言からして……捜索対象の教え子か何か、ってところか)


 無感動に淡々と値踏みを行うカージスの視線に気付くとイオは露骨に顔を顰め、両の腕で自身を抱きしめるようにして距離を取った。


「……ッ! なにジロジロと見てるのよ! これだから男は……!」

「……アホくさ」


 嫌悪すら滲ませて睨み返してくる娘のばかばかしい勘違いに、思わず気の抜けた声が漏れる。

 確かに目鼻立ちは整っているのだろう。田舎の村娘にしては発育も悪くない――が、自身に敵意にも近い感情を向けてくる相手に食指が動く筈もなかった。

 ましてや年齢的には小娘の類である。カージスとしては、花街で立ちんぼをしている娼婦の方がよほど守備範囲であった。

 小馬鹿にする意図はなく、つい口から零れた言葉だったが……結果的には同じことだったのだろう。

 羞恥か、怒りか。もしくはその両方でみるみる顔が赤くなったイオの口から、更なる罵声が飛び出そうとして――。


「いい加減にせんかイオ! 分かっておるだろう、お前では森に入っても死ぬだけじゃ、組合(ギルド)の専門家に任せておきなさい!」


 とうとう村長からハッキリとした怒声で叱り飛ばされ、反射的に首を竦めて硬直する。

 ――が、それでも退く気は無いのか、再び眼前の傭兵を睨み上げて指を突きつけた。


「専門家なんて言っても、この村に回されるのなんてどうせ四、五級のペーペーでしょう! それなら土地勘のあるアタシの方が――!」

「馬鹿者め、カージス殿は二級傭兵――多少の畑違いはあれ、三級冒険者(お前の師)より格上の御仁じゃぞ!」


 もっともらしい理屈だが、実際には感情のままに叫んだのであろう甲高い声は、老人の更なる怒声で断ち切られ、ブツ切りになって萎んで消えた。

 思わず、と言った様子で口を噤んだ少女の表情には、分かりやすい驚きが貼り付いている。

 眼は口ほどに、という言葉を体現したかの如く、その大きな瞳は『こんな奴が!?』と言わんばかりに見開かれていた。


 冒険者や傭兵といった職種には『三級の壁』という言葉がある。

 最下級である六級、そこから四級までは世間的な信用が低い。

 見習い、うだつが上がらず燻っている者、最悪はゴロツキ予備軍、といった扱いであり、それは冒険者・傭兵どちらの組合でも変わらない。

 いわば三級の壁というのは、社会的な立場を保障された明確な"区切り"なのだ。そういう意味では、捜索対象(エルシェル)も間違いなく冒険者としては成功者の部類である。

 そして更にその上――二級以上は全体の一割にも満たない、いわゆる『上澄み』だ。

 一応はカージスもその上澄みに属する立場であるので、本来なら僻地の村での人探しなぞに出張って来る人間では無い。イオが驚くのは当然であった。


 やかましい闖入者が静かになったのを見て取ったカージスは、これ以上は我関せずとばかりに立ち上がる。


「……もういいか? 後は二人で結論を出してくれ、俺は仕事があるんでね」

「申し訳ない、どうかエルシェルの事をよろしくお願いします」


 少女の代わりに頭を下げる村長を少々気の毒に思いながらも、軽く頷くに留めて客間の扉へと歩き出した。

 荷袋を背負い直して踵を返すその背に、慌てた声色の制止が飛ぶ。


「ま、待ちなさいよ! まだ話は……!」


 今度こそ何の反応も示すことは無く。

 傭兵はさっさと開けっ放しだった扉を潜ると、そのまま村長宅を後にした。







 入口の押扉(スイングドア)を押し開けて店内に入ると、まずは軽く周囲を見廻す。

 村にある唯一の酒場は、こぢんまりとしているが悪くない店構えだった

 内装もあちこち古ぼけてはいるが、丁寧に掃除してあるのが見て取れる。

 カージスとしても、依頼の一環では無く旅人として訪れたなら数杯酒を引っかけたくなる程度には良い店だ。

 まだ陽は高いが、既に村人らしき幾人かが店で酒を呷っている。

 不躾な、少なからず好意とは真逆の視線が横顔に突き刺さるのを感じるが、所詮は村人のもの。辺境の組合支部に来たときに感じた同業連中の値踏みの視線に比べれば、その圧は微風と大差ない。

 スルーして店のバーカウンターへと寄りかかり、棚を整理していた店主らしき女性に声をかける。


「水と蒸留酒、あと干し肉を」

「……あんたが村長が雇ったっていう傭兵かい」


 初老に差し掛かったやや恰幅の良い女店主は、不機嫌そうな声色と表情でゆっくりと振り向く。

 ともすれば「余所者に出す品はない」などと言われるのも覚悟していた傭兵であるが、彼女は特に何かを言うことも無い。


「おい、ポリー。余所者なんかにアンタの酒を……」

「黙ってな、金を出すなら客だよ。少なくともツケを返さない馬鹿たれよりはね」


 酒場内の村人の一人が声を上げるが、手厳しい言葉に気不味そうに口を噤んで黙り込む。

 ポリーと呼ばれた女店主は、こちらが注文した品を手際良く用意し、まとめてカウンターの上にドン、と置いてみせた。


「どうも。幾らだ?」

「その前に組員証を見せな」


 小さな酒樽と紐で結ばれた干し肉の束越しに、ジロリと睨めつけてくる店主。

 元は冒険者か傭兵か、はたまた兵士か何かだったのか、素人とは思えない迫力であった。身体の軸もブレず、何気ない動作にも隙がほぼ無い。

 少なくとも、キャンキャンと煩い新米の小娘とは比較にもならなかった。或いは、彼女が現役であれば余所者(じぶん)の出番はなかっただろうに。

 カージスは苦笑いが頬に浮かびそうになるのを堪える。

 ともあれ、有無を言わせぬ口調と眼光を前に彼は軽く肩を竦めて胸元に収めた小さなプレートを翳して見せた。

 確認は一瞬だ。視界に組員証を収めると、店主は鼻を鳴らして商品を客席側に押しやって来る。


「ふん、二級か。村長も随分と張ったね」

「予想は外れたか?」


 おそらくは元・同業であった酒場の主へと、少しばかりの揶揄いと皮肉を投げながら財布を開く傭兵。

 繰り返すようだが、本来彼の位級は僻地の小さな村の依頼を受けるようなものでは無い。

 小銀貨と銅貨を数枚渡しながらの問いに、店主は再び鼻を鳴らして腕を組む。


「四級以下なら追っ払うつもりでいたよ――ひよっ子に身の丈にあってない仕事をさせて死人を増やすのなんざ馬鹿らしいからね」


 どうやら最低でも行方不明となった女冒険者と同格でなければ、生きて帰ってこれるかも怪しい、というのが店主の判断らしい。

 立ち振る舞いを見るに、若い頃は結構な腕利きだったであろう彼女の言に、カージスはあまり当たって欲しくなかった予想の一つが正解に近付いた感触を覚え、眉を顰める。


「あんたの見解は()()()ってことか……一応聞くが、当日のエルシェルの獲物は?」

屍喰(グール)だよ。よほど大きな群れと下手糞な遭遇戦でもしない限り、あの娘がトチるってのはあり得ない相手さ」


 元より屍喰(グール)はそれほど大きな群れを形成する魔獣では無い。

 仮に、何かしらの例外が起こって大規模な群れが生まれたのなら、とっくに村に被害が出ている筈だ。

 つまり屍喰(グール)とは別の、三級冒険者が持て余す『何か』がこの湿地帯に唐突に現れた可能性がある、ということ。

 単純にエルシェルが凡ミスをやらかして致命的失敗に繋がった可能性もゼロでは無いが……根付きの冒険者は地域密着型であるが故に、総じてその地域での地形や環境の把握度合いは高い。

 根付いてからの年数が長ければ猶更だ。なので、こちらは可能性としては低かった。


「多少時間を食うだけで、仕事自体は楽な部類……そう思ったんだがなぁ」

「ふん、予想は外れたかい?」


 中央部の都市の同業に近い空気を纏う店主にあてられたか、傭兵が僅かに気を緩めて砕けた口調でボヤくと、先程の意趣返しのつもりか皮肉交じりの問いが返って来る。


「まぁな……だが、依頼料自体は変更可能だと言われてる。 稼げる機会だと思う事にするよ」


 購入した消毒用の蒸留酒をその場で小瓶に詰め、首を振って今度こそ苦笑する傭兵を店主は腕を組んで睨み付ける――初見は不機嫌なのかと思ったが、どうやらこの表情が平常のソレらしい。


「そうしな……色々と難しいところのある娘だけど、村の為に真面目に仕事してたのは確かだ。なるべく早く見つけてやっておくれ」


 店主の眉間の皺が僅かに深くなる。

 微かに滲んだ憂いの表情と言葉に、カージスは頷いて踵を返した。


「請けた以上、仕事はやる。連れて帰ってはくるさ、どういう形でも、な」


 物資を補充した荷袋を肩に引っかけ、店の扉を押し開けて外へと出る。

 酒場内から自身の背に向けられる視線――店主以外の、()()()()()()()視線に、一つ鼻を鳴らして歩き出したのだった。







 そうして、酒場から出て幾らも進まない内に、背後から声がかけられる。


「おい、待てよ余所者」


 案の定な展開に、カージスは特に表情を変えずに振り返った。

 そこに居たのは、酒場でクダを巻いていた五人の村人である。

 いくらか酒が入っているのか、赤ら顔でニヤつく表情は、ある意味では馴染みのあるものだった。

 具体的には、辺境入りしてからカージスに絡んで来た連中と同種のものだ。

 ちなみにその連中は全員、薄い粥しか食えない顎になって治療院でのたうち回るか、治療代の為に残る痛みを堪えて仕事に励んでいる最中だったりする。

 処変わっても品同じ――この手の連中がこんな小さな村でも湧いて出て来ることに、傭兵はいっそ感心すら覚えそうだった。ついでにソレらに絡まれる自身の運の無さについても。

 教会で祈祷でも行うべきか? などと脳内で検討し始めた彼を他所に、赤ら顔の酔っ払い共は顔を見合わせてヘラヘラと笑う。

 酒で気が大きくなっている上、人数が多いので自分達が有利だと思っているのだろう。

 ついでに言うのなら、カージスの背丈が大陸でも平均的なものであり、外見上は殊更に威圧感というものが強い訳では無いのも一因なのかもしれない。大型の獣や魔獣を相手取る職種の人間に対して、そういった"一般人"の常識・理屈が通じる筈もないのだが。

 ないのだが、大陸の殆どの場所で通じるその常識も、最辺境の酔っ払いの前には無意味であるらしい。

 空の酒瓶や、棒切れと大差ない粗末な棍棒を片手に、男達はゆっくりと半円上にカージスを取り囲む。


「聞いたぜぇ、あの女を探す為に村長に大金を積まれてるんだろ?」

「冗談じゃねぇや、こっちは偉そうな化け物女が消えてくれて、やっとのびのびと暮らせるようになったってのによぉ」


 威嚇のつもりか、正面に並ぶ男二人が妙に粘つく口調で口を開くと、唱和するように残りの連中も囀りだす。

 聴力を使うにも値しない男達の口上の大半を聞き流しつつ、カージスは唯一気になった単語を口の中で反芻した。


(化け物、ね)


 さて、それがどういう意味であるのか。

 酔っ払い連中は、全員が酒気と嗜虐を垂れ流した締りの無い笑みを浮かべているものの、エルシェルのことを口に上らせるときには、それ以外の感情が強く顔に滲み出ていた。

 ――即ち、畏怖と嫌悪混じりの拒絶である。

 こうして余所者であるカージスに向ける害意と大差無い……ともすれば上回るであろう悪感情を長年村の役に立って来た根付きの冒険者に向けるというのは、中々に首を傾げる話だ。


(……単にこいつらが村のお荷物(チンピラもどき)だから、キツい対応をされていただけなのかもしれんが)


 調子に乗って喋り続ける眼前の酔漢を、醒めた目で眺め続ける。

 自分達が囲んだ傭兵が、道端に拡がる吐瀉物(ゲロ)の染みを見るような視線を向けてくることに気付いているのかいないのか。


「だからよ? このまま村から消えるか、村長には『あの女は見つからなかった』って伝えてくれりゃぁいいんだ。そうすりゃ俺達もちったぁやさしく――」


 どのみち結末は同じであった。カージスがこれ以上は有用な情報が手に入りそうにない、と判断したからである。

 無造作に脚が跳ね上がり、鋼で補強された革長靴(ブーツ)の爪先が正面の酔っ払いの腹腔に捻じ込まれる。

 相手は衝撃で10センチほど浮き上がると、そのまま口から胃の内容物を吐き散らかして前のめりにくずれ落ちた。


「なっ……! て、てメ"ッ"?」


 憤慨混じりの恫喝の声をあげようとした右側の男は、伸ばされた掌に襟首を掴まれ地面に叩きつけられる。そのまま追加で鳩尾を蹴りつけられ、地べたの上でくの字に身を丸めて悶絶した。

 ここでようやっと残りの男達が身構えるが、当然それで何が変わる訳でも無い。

 振り上げられた酒瓶が叩きつけられる前に間合いが詰められ、どてっ腹に拳が抉り込まれる。

 苦鳴すら上げずに三人目の酔漢が地を這い、同時に一番大柄な男が握る棍棒もどきの棒きれが、カージスの後頭部に向けて振り下ろされた。

 その腰の引けた殴打を、振り向きもせずに半歩ズレて躱す。ついでに大柄な男の手首を軽く捻れば、それだけで棍棒は掌からすっぽ抜け、カージスの掌の中に収まった。


「……えっ、え?」


 何が起こったのか理解出来なかったのか、空になった自身の掌と目の前で棍棒を一振りする傭兵を交互に見比べ、酔っ払いは図体に不似合いな呆けた声を上げる。

 理解が及ぶ前に突き込まれた棍棒の先端が腹を打ち据え、男は他の仲間達と同じくゲロを吐きながら地面に転がった。


「ひ、ひぃっ……!」


 文字通り秒殺された仲間達と、吐瀉物がちょっとついた棍棒を嫌そうに放り捨てる傭兵を見比べ、残った一人が情けない悲鳴をあげながら尻もちをつく。どうやら腰が抜けたらしい。

 無言で近づくカージスを前にすっかり酔いも醒めたらしい小柄な男は、尻で地を擦りながら後退って更なる悲鳴を上げる。


「ま、ま、待ってくれ! あやまる、謝るよ!! あ、あんたがあの女とガキみたいな化け……つ、強いお人だとは知らなかったんだ!」


 恐怖で見開かれたその眼は、カージスの顔を見ているようで見ていない――彼を覆う何かを見ている。


「……お前、魔力を知覚できるのか」


 涙と鼻水に加え、ズボンに染みまで広げだした酔漢の懇願を前に、カージスの片眉が少しだけ意外そうに角度を上げた。


 魔法と、その力の源たる、魔力。

 遥か昔より存在するその超常たる力は、人類種のみたならず、この世界に住まうありとあらゆる生命に根深く関わっている力である。

 当然、種族差や個体差はあるものの、基本的にはどんな生物にも宿る力なので小さな村でも魔力を知覚したり、簡単な魔法を使える者はちらほらといるものだ。


 ――そして、この世界で戦う術を求めるものは基本これを扱う。


 身体の外部に対して様々な干渉を行う術――魔法として。

 或いは、身体の内にて巡らせ、身体の頑強や機能を高める燃料として。

 ちなみに先程の喧嘩とすら言えない秒で終わった揉め事だが、カージスは一切魔力強化を行っていない。普通に素の腕力と技術でぶっ飛ばしただけである。

 勿論同業者を殴り倒す際に比べ、相当に手加減はしてある。だが、仕事先でまで馬鹿の相手をする羽目になったせいか、若干苛々しながら殴ったので魔力の制御が甘くなって漏れたらしい。

 あくまで漏れただけ、強化まで行わなかったのは男達には幸運だったのだろう。魔力による障壁も身体強化も扱えない一般人では、軽い腹パンでも肋骨が粉砕されて重度の内臓打撲になりかねないからだ。


「……そういう事かよ」


 小便をちびっている男が喚いた先の発言が腑に落ち、苦々しい呟きが漏れる。

 辺境僻地で活動する際には、偏見混じりの無知・無理解を警戒しているカージスであるが、ここまでとは予想していなかった。

 想像するだけでも気の滅入りそうな話を思い付いてしまい、カージスの気分も下降の一途を辿る。露骨に気分を害した彼を前にして、失禁した男は追加で悲鳴を上げた。

 不機嫌さもそのままに、彼は男の前にしゃがみ込む。


「…………」

「あ、あの……?」


 半眼で冷えた視線を向けてくる傭兵を目の前にして、小便まで漏らした憐れな男が引き攣る声で機嫌を伺う。


「……お前、名前は?」

「……へ? ぁ、あ、ゴードガー、です。へ、へへ……」


 仲間をのした拳が自身に向けられないよう、男――ゴードガーが媚びた笑みを浮かべようとした瞬間、その横面に張り手が炸裂した。


「ブベヘェ!?」


 上がる汚い悲鳴を無視し、カージスはそのまま平手を三往復ほどさせる。みるみるうちに顔が腫れあがった男の胸倉を掴み上げた。


「よし、ゴードガー。今後俺に関わるな。どういう形であれ、こっちに不利益な真似をしたら敵対行為と見做す――そこの転がってる馬鹿共を連れて、消えろ」


 極度の脅えのせいか、ガクガクと痙攣するような動きで首を縦に振るゴードガーの襟首を離し、立ち上がる。

 必死になって転がった仲間を起こそうとする男は既に一顧だにせず、ここ数時間で幾度目かになる小さな溜息を吐き出した。

 図らずも、絡まれた際に聞いた言葉で捜索対象(エルシェル)について、嫌な推測が立ってしまった形だ。


 辺境であっても、街やある程度は交通の便が良い村にいけば、一定量以上の魔力持ちはそこかしこにいる。

 というか傭兵・冒険者の両組合ギルドにならば普通にゴロゴロと溢れている。街の衛兵なども言わずもがな、だ。

 鍛錬で伸びるとはいえ、魔力とは基本的には個々の資質が重要となる力である。保有量だけで見れば玉石混交が常。

 その中でも、カージスの()()()魔力量は優秀な部類ではある。

 ――が、化け物よばわりされる程のものではない。先にも述べたように、大きな都市に行けば彼を上回る者は何人もいるのだ。

 ……だが、この村にはその領域(レベル)――魔獣を狩れる魔法や身体強化を扱える者はいなかったのだろう。

 おそらくは長い間、ずっとだ。

 そして、近年になってエルシェルと――ついでにイオが生まれた。

 イオの方はまぁ、見習い冒険者にしてはそこそこ多い魔力量、程度であったが、それでも大の男を正面から腕力まかせで捻れる程度の身体強化は行えるだろう。

 当然、三級冒険者にまでなったエルシェルはその比ではない。

 平穏だが閉鎖的で、外部との交流や情報にも乏しい寒村。

 自分達にとっての異質や異物には、過敏に排他的になるであろう土壌が出来たその地で、今まで見た事もない魔力を保有し、魔獣すら狩る力を奮う彼女は、故郷の者達からどういう眼で見られていたのか。

 また、それより前――冒険者を目指して村を出る前はどういう扱いをされていたのか。

 少なくとも冒険者として成功して戻って来てからは村を守り、ときには魔獣の素材で直接的な利益すら齎していた。

 感謝はされていただろう。好意を向けてくる者だっていただろう。

 ――だが、その裏にかつての自分達の行いへの報復を恐れる気持ち無かったと、言えるだろうか。


 保有量だけで見れば村長もやや多めであり、酒場の店主(ポリー)に至っては現役時代はエルシェル並か、下手をすれば超えていそうなものなのだが……この二人は丁寧に自身の魔力を制御していた。知覚が出来るだけで、魔力を用いた探知技能を鍛えてない村人では気付くことは出来ないだろう。


(簡単な抑制くらい教えてやれば良いだろうに……いや、あるいは教えた時は既に、か……)


 どういうパターンであれ、根付きの冒険者としては不遇としか言えない生活を送っていそうではあった。

 だが情報の破片(ピース)が幾らか揃っているとはいえ、これはあくまで予想・想像の域を出ない話だ。

 余所者だからというだけで因縁を付けられる謂れは無いが、カージスが部外者なのは確かである。村の事情に首を突っ込むのはお門違いというものだろう。

 二級だ高位だと持ち上げられる事もあるが、所詮自分は傭兵。物語に出て来る騎士や英雄とは畑違いの人種なのだ。

 推測は一旦棚上げして、エルシェルを探す――請け負った依頼にのみに注力すべきだと思い直し、村の入口を目指して歩き出した、そのときである。


「……本当に二級冒険者なのね。直接見てもやっぱり意外だわ」


 背後から聞き覚えのある声――平静であっても高いソレに、いい加減何度目だこのパターン、と小さく呻いて振り返る。

 腰に手を当て、ふんぞり返って立っていたのは村長宅で噛みついて来た赤毛の小娘――もとい、イオであった。


「……村長からの説教は終わったのか、お嬢ちゃん」

「う、うるさい! 今日はお説教なんてされてないわよ!」


 その発言は普段は叱られていると自白しているようなものなのだが、少女は気付いていないらしい。

 激し易い性格もあるのだろうが、直ぐに顔に血を上らせて噛みついてくる姿は、どう言い繕っても一般人――勝ち気な村娘のソレだ。

 見習いとはいえ、冒険者ならば格上の商売敵に安易な反抗的言動をするものではない。後々どういう因果が巡るか分かったものではないからだ。

 まぁ、そういった事を学ぶも学ばないも、彼女の問題だろう。

 師匠兼保護者であったと思われるエルシェルの庇護が無くなりそうなこの現状、まともに冒険者としての知識を学ぶ機会が巡って来るかは怪しいが……それこそ村長や酒場の店主(ポリー)が気を廻すだろう。自分には関係の無い話である。


 大陸を旅する放浪傭兵の価値観からして、至極当然の結論を出したカージス。

 この喧しい小娘は放置して、さっさと仕事に取り掛かろう、そう思っていたのだが……。


「……その村長(爺ちゃん)からの伝言を預かってるわ。先生(ねえさん)を探す依頼、アタシを連れて行くようにって」

「………………はぁ?」


 少女から続けて放られた予想外にも程がある言葉に、思わず間の抜けた声と顔を晒してしまう。

 一拍置いて、気を取り直し、三秒ほど思考に埋没して。


「何の冗談だ」

「こっちの台詞よ」


 異口異音、だが同時に唸り声を上げる傭兵と少女。

 言うまでもなく、両者その表情にはデカデカと『不本意』と書かれ、貼り付いているが如くである。







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