王都の生活
出発してから約20日ほどで王都の城壁が見えてきた。
フィリップス領都から王都まで直線距離で400キロくらいだが、馬車での移動のため整備された道を進むことから倍くらいの時間がかかった。
途中盗賊に狙われたり、魔物が来たりしたらしいが、さすがは父の暗部。すべてデマイス部隊が片付けたらしく僕らはずっと快適に移動していた。
「あれが王都か。」
「セオくんは王都に来るのは初めてですか。」
「うん。自分の領地から出たことはないね。」
僕は基本パーティなどには参加しなかったため、領地を出たことがない。とはいっても、基本的な地理について理解しているし、前世の記憶から領地を出たことに特別に大きな感動はない。
ところでフェリシアと過ごしているうちにセオ様からセオくんに変わった。僕もフェリシアと呼び捨てで呼んでいる・
「王都の城壁はうちのものより遥かに高いし大きいね。」
「そうですね。私も久しぶりで驚いてます。」
資料で呼んだものだと、高さは30メートル、全長は30キロメートル位あるらしい。
なので街全体を城壁で囲んでいる状態だ。
もちろん王都に入場するには、人頭税とか支払わなければいけないし、しっかりとした身分確認がある。
そのため王都前には入場するための長い行列ができていた。
「これ入るのにどれくらいかかるんだろう。」
「いえ。私達は優先的に案内されるので、列に並ぶ必要もありません。」
そう御者が言うと、商人や傭兵などが並ぶ長い列を横目に進んでいった。
さすがは貴族。ファストパスのようにすーと進み、特に検査もなくすんなりと王都に入ることができた。
「御館様から手配された宿に向かいますか。それとも降りて街を散策しますか。」
「うーん、そのまま宿に行こう。」
ここで降りたとしても、護衛をぞろぞろ付けたまま王都を回らなければならない。
いくならこっそり行かないと自由に散策できないし、今日はこのまま宿に行くことにした。
「ここが宿か。随分豪華だな。」
「はい。ここは貴族専用の宿ですので。セオドラ様がご入学して、寮に入るまでは個々の宿を貸し切りにしてあります。」
「そうか。では、他の貴族はいないんだな。」
貴族が他にいないことに少し安心した。
もし他にいるとなると、フェリシアも安心して宿で過ごせないだろう。
「テストは5日後ですのでそれまではゆっくりしてください。」
デマイスの一人がそう言うと部屋まで案内してくれた。
「フェリシア様とセオドラ様の部屋は隣にしてあります。一応部屋の近くには我々がいますので安心してください。一点だけお願いですが、外出の際は声をかけてください。」
「ああ、ありがとう。とりあえず寝るまでフェリシアはどうする。自室で勉強してる?」
「いえ。個々の宿に温泉があるという話でしたので、お風呂に行こうと思います。」
「僕は王都を見て回りたいけど、お忍びで王都を回りたいから、それ用の格好とお金を用意してほしい。」
「承知しました。」
「あ、ちょっとまって。デマイスの人は護衛で来なくていいから。お父様に聞いているだろうけど、秘密の護衛がいるからね。」
「しかし、」
「命令だから。」
僕がそう言うとすぐに食い下がった。
普通の執事やメイドなら主人の身の安全を考えて止めることだろう。
しかし南に魔の森が広がり、命の駆け引きが行われているフィリップス領のものは、当主含め全員が戦闘できる。
さらに仕えている多くのものは、僕には隠し事があり、それに関して聞くことを禁止されているからこそ命令に従わざるを得ないのだ。
「日が落ちるまでには返ってくるけど、フェリシアは先ご飯食べてていいよ。」
「いえ。せっかくの二人だけですのでお待ちしています。」
「そう。じゃあ、またあとで。」
そう行って僕は街に行く準備のため部屋に入った。
着替えを終え、50コロン程度持った。
一応もしものとき用に金貨1枚(50000コロン)も持たされたが、悪質なものにお金をせびられても返り討ちできる。
宿の門を出ると大きな通りに出た。
外には馬車が多く走っており、ここの通りは高級街だからか多くの魔道具屋や宝石屋、さらにぼくらのやどのような高級な宿がたくさんあった。
ただ、どれもが現代では見られない、ゲームの中のファンタジーの世界であった。
外に出るにあったってここらへんの地図については頭に入れた。
僕が外に出た目的は2つ。
1つ目は、王都の魔道具を少し見たかったこと。
2つ目は、王都の情勢を知ること。
2つ目はそこまで重要でないとして、僕としては1つ目の王都の魔道具をみることが主な目的だ。
王都は立地上この国で一番安全な都市だ。そのためたくさんの商人が集まり拠点をおいている。なのでこの王都には人やものがたくさん集まり、辺境のフィリップス領よりもたくさんの魔道具、特に最新作を見つけることが可能だ。
この通りにはいくつか魔道具屋がある。ただここは高級街であり、無駄な装飾で大した性能のないものばかりおいてあるという情報だ。
この情報をくれたデマイス部隊の人は、大通りの突き当りを左に行ったところをおすすめしたのでそっちの方にまず向かう。
大通りを突き進むとだんだん高級街から抜けるせいか庶民の作りが安っぽい家がだんだん増えてきた。
最悪なのは進めば進むほど臭いにおいがプンプンしてくる。
高級街では清掃が行われていたからなのかインフラ設備があるからなのかわからないが、この庶民街は道脇に人の糞尿やゴミが散乱しているせいで耐え難い匂いに見舞われている。
僕の領都も僕が5歳くらいまでは似たような状態だった。もちろん僕は衛生的でないとわかっていたので、すぐにインフラ設備を作るよう父に言い資金を提供してもらった。
ただこの世界は衛生という概念すらない。病気は悪魔が取り付いたからとか迷信じみたことを普通に言うのだ。
そのせいでこんな衛生的でない状態が王都でも蔓延している。
「本当に臭い。」
そして、汚物を回収する業者が近くを通るときに、あまりの匂いに嗚咽してしまった。
5歳以来のこの気持ち悪さ。
この地域を抜けたいという思いから足早に魔道具屋に向かった。
「あれかな。」
看板などはなくいかにも普通の民家に見えるが、家のドアに目印の魔道具の絵が書いてあった。
「すみません。魔道具屋さんですか。」
中に入ると誰もいなく誰かを呼んだ。
そう言うと「はいはい」といい、中から15~16くらいの若い男の子が出てきた。
「あれ、きみお客さん?」
「まだ買うと決めてないけど一応。魔道具みたいんだけどいいですか。」
「いいよ。好きにして。この時間はお客さんもいないしね。」
「なにか最新の魔道具を見たくて。」
「うーん。最新ねー…。つい最近仕入れたこれとかかな。」
そういい見せたのは大きなピッチャーだ。
「これはね、飲み物を冷やす魔道具だよ。ほら、冷蔵庫だっけ?物を冷やす倉庫が流行ったけど、高くて貴族や豪商しか変えないから、せめて冷たい飲み物を飲めるようにと開発されたものだよ。」
冷蔵庫は我が領で開発したもの。それを安くするために飲み物を冷やすだけの能力だが、誰かが僕の魔道具にインスピレーションを受けて作ったようだ。
だが、
「残念だけど、これはいらないかな。」
なぜなら、冷蔵庫があるから。
「そうかい。これで飲み物を飲むと美味しいよ。更に20コロンと冷蔵庫の100分の1の値段だよ。」
「いや、いらないよ。それで他にはないの。」
「うーん。おすすめでないけどあるけど…」
そう言って取り出したのは手でつかめるくらいの直方体のはこのようなものだった。
「これは光を出す箱なんだけど。」
「光ですか。すごいじゃないですか。」
魔道具でできることは今のところ少ない。
冷やしたり、温めたり、風を出したりなど単純なことが多い。何なら冷やすは僕が発明するまでなかったくらいだ。
もちろん光を出すなども存在しない。もちろん光のみを出すのが無理なだけで、火などを出せる魔道具はある。
「そうなんだがなー。燃費が悪いんだよね。」
「燃費というとどのくらいですか。」
「3コロンの魔石で30分くらいかな。灯火の魔道具は同じ魔石で10時間は持つからな。」
魔道具は魔石がないと動かない。
魔石というのは魔物の体内の心臓付近にある臓器を乾燥させたものである。
仮説にその臓器(魔臓)は魔力を貯める臓器であるという。
魔臓の大きさは魔物によって違い大きいほど値段が高い。
また魔石は充電などできない電池と同じで、一度魔石の中の魔力を使い切ると価値はなくなる。
魔石は買う場所や大きさで値段がピンキリだが、3コロンの魔石は庶民にとっては高めな部類だ。
「確かに維持コストが高いですね。」
「もちろんいい点もあるがな。火が出ないから屋内でも安全だし何より色が変えられる。」
「え、色が変えられるんですか。」
「ああ、そこのレバーで色が変わるんだよ。」
「買います。」
それを聞いた瞬間僕は買うことを決断した。
光がつくだけなら僕も開発を続ければいつか完成できるだろう。
今回はレバーで色が自在に変わる。
これを買わないわけがない。
「え…、こんなデメリットでも欲しがる人がいるとはな。まあ、でも君じゃ買えないよ。」
「どうしてですか。」
「高いんだよ。こんな不要在庫、早くどかしたいから負けてやりたいところだが、どんなに負けてやっても金貨1枚だ。仕入れ値以下では売れない。」
「あー。」
僕はポケットに忍ばせておいた金貨を出す。
身代金代わりの金貨がこんなふうに使うとは思ってもいなかったが。
「君…。いえ、お客様ってもしかして…」
「無駄な詮索はよしてください。」
「申し訳ございません。」
そう言うと店の男の子は深々と頭を下げる。
「気にしてないから。それよりお忍びだからさっきの口調でいいよ。変に疑われたくないから。」
「はい。では、こちら商品です。」
「ありがとう。ところで聞きたいんだけどさ、これって誰が作ったかわかる。」
「申し訳ないです。僕も知らないんです。ただ、帝国の魔道具だと思います。」
「帝国ってガリア帝国?」
「はい。僕も帝国からの商品以外聞かされていなくて。魔道具ギルトから商品を仕入れているんで詳しくはギルドに聞いてほしいです。」
彼から色々聞いたが、この魔道具はギルドが取り寄せたものがあまりにも不要在庫であったのを、いち魔道具屋が無理やりかわされたという経緯らしい。
ギルドは力を持っているので多少の抗議はしたものの結局仕入れたらしい。
色々話を聞いたあと僕は店を出た。
不要在庫とはいえ仕入れ値で買えた。
僕にとってはいい研究材料になったしいい買い物ができた。
「帰ったよ。」
宿の前にはデマイス部隊のものがいた。
「おかえりなさいませ。いかがでしたか。」
「いやね、いい買い物ができたよ。しかし、王都とはいえインフラは我が領のほうが栄えているね。」
「ここらでなく庶民街にもある程度の排水システムや下水システムはございますが、人が多いゆえ整備が甘いのが現状です。:
「そうだね。3階や4階建ての建物があんなに並んでいるんだ。もっとお金をかけないと難しいだろうね。」
ただそんな歳費はないであろう。
王国は帝国という脅威がある。
そのため、王都の歳費の6割が軍事費に消えている。
他にも宗教への寄進に2割ほど寄付していると明言しており、借金返済や贅沢費、家臣への給与などのあることから行政運営費は雀の涙だ。
もちろん歳入もフィリップス家の2倍(6億コロン)ほどあるが、それでも行政を蔑ろにしているため庶民街は酷い有様であった。
とはいっても僕が介入できることでない。
フィリップス家の歳費のいくらかは王家に払っているが、封建制度のこの世界では何も口出しはできず、ましてや王家という身分制度の頂点に一辺境貴族がどうこう言える問題でないからだ。
「セオくん。もう戻ってきたのですか。」
「うん。欲しいものも買えたし。フェリシアは?」
「私も温泉気持ちよかったです。」
フェリシアを見ると少し肌がすべすべしていた。
あとで入ろうと思うも早くこの魔道具を弄りたいという気持ちから僕はすぐに部屋に戻った。