王都に向けて
フェリシアが来て7ヶ月。
あれから、フェリシアはサロメのいる魔道具研究室で、毎日魔道具の勉強をしている。
7ヶ月間の間、毎日5時間ほどサロメの助手として学んでいるからか、知識は合格どころか満点を普通に取れるレベルだ。
一方僕は、フェリシアを魔道具研究室に送ったあと、他の研究室に顔を出している。
最近は半導体研究に力を入れている。特に半導体研究室は創設して間もないが、もう製造機器の設計段階に進んでいる。
もちろん前世のような大量生産や高性能なプロセッサを開発できるような段階ではないが、フォトリソグラフィ技術[1]の実証実験兼生産のため、一年以内にMOSFET[2]を開発できるペースで現在進んでいる。
「もうあと半年くらいで製造が開始できそうだね。材料の方は大丈夫?」
「はい。アランさんによると、フォトレジスト[3]の開発は完了しているらしいですが、シリコン単結晶の開発に時間がかかっているようです。」
「そう。でもアランは天才だし、なんとかなるでしょう。ところで、集積回路の設計部門の進捗はどうだい。」
「そちらも時間がかかっているみたいです。僕はそちらの部門については素人なので進み具合がわからないですが。もし知りたいようでしたら、設計部門の部長を呼びましょうか。」
「いや大丈夫。知ってると思うけど、僕は明日から王都に向かって学校に行くから数年帰ってこないけど、返ってくるまでに集積回路の開発が完了しているように頼むよ。」
「任せてください。所長。」
「頑張ってね、ブルーノくん。」
そう言って半導体研究室を出た。
明日から学園に通うため、数年間王都で生活する。学園では2ヶ月ほどの長期休暇はあるものの王都から一番距離のあるフィリップス領は、往復で一月半くらいかかるので長期休暇も返ってくることはせず、王都にずっといる。実際姉もそうだ。
だからこそ今日はすべての研究室に回って、僕がいない間の研究の進め方を確認している。
もうほとんど回って最後に魔法研究室だけとなった。
「どうも、フィオナ呼んでもらえる。」
僕が入ると研究者がたくさんいて、みな「お疲れ様です」と挨拶をする。そして僕の言葉に反応して、フィオナを呼んでいった。
「セオ様ー。」
そう叫ぶのは金髪の少女フィオナである。
フィオナの歳はひとつ下で、6年前に孤児としてひどいことをされているところを僕が引き取った形だ。
引き取った経緯から僕に対して好意を抱いているらしく、毎回ベタベタしてくる。
「セオ様。私を側室にする覚悟ができたんですか。」
「フィオナ。言っただろ。僕にはフェリシアがいるから側室は取らないって。」
「えー、側室くらいならとってもいいじゃん。」
「はいはい。フィオナ次第で考えとくよ。」
「やったー。」
とりあえず話をそらすため適当に約束をした。
正直この時期の女の子は、異性の好みが変だ。だから、いつかはこの考えもなくなるだろうという安易な考えからこのような約束をした。
まあ、それが…
「落ち着いて。それで明日から数年帰れないから最後に研究計画を照らし合わせよう。」
「はい。」
「それで浮遊魔法の発動を反対にしたらどうなった。」
「セオ様の予想通り体が重くなりました。」
「やっぱりか。」
魔法の発動は、体内で感じられる魔力を変化させ、それを触媒、つまり杖やブレスレットに伝えることで魔法が発動できる。もちろん、触媒なしでも発動できるが、発動効率が悪いので基本触媒を用いて発動させる。
そして体内の魔力の変化によって、攻撃魔法、防御魔法、浮遊魔法、治癒魔法、強化魔法、そして暗黒魔法が使えるようになる。僕らはこの変化を逆の順にしたら、反対の性質の魔法になるのではと思い、今回試したところ予想道理だった。
「なので、攻撃魔法のファイアチェイサーを反対に発動したら、氷の玉が飛んでいきました。」
「なるほど。そこら辺の発動後にどうなるかの研究は引き続き頼むよ。」
「任せてください。」
「それで暗黒魔法の方はどう?」
この研究室の一番の目的が暗黒魔法の解明だ。
例えばフェリシアの欠損部分の治癒が誰にでも使えれば革命的だ。
もちろん僕の暗黒魔法もそうだ。自分の暗黒魔法はものを異空間に保管できる、いわゆるアイテムボックスだ。これは5歳の頃に浮遊魔法の練習中に偶然発動できたものだ。
これがもし誰でも使えるようになれば貿易革命が起きるだろう。
だからこそ、フィオナには暗黒魔法の研究に注力してもらっている。
「そうですね。やはり、通常の魔法と違って再現性がないですね。セオ様の魔力のイメージから試していますが、成功どころか何かしらの取っ掛かりさえ掴めません。」
どんな魔法でも体内の魔力の変化のイメージを教えて練習すれば、多くの人は5つの属性の魔法は使える。
しかし暗黒魔法は、5属性に分類できないだけあって、他の人が使えることはできないのだ。もちろん魔法の天才であるフィオナでさえ僕の魔法を再現することはできない。
まあ、ここらへんの実験は他のところでもやっているだろうからできたらラッキーくらいに思っていたから納得はした。
「となると…、やっぱり自分の魔力に種類があるんだろうか。」
「そうだと思います。」
「わかった。とりあえず、魔力の種類についての文献がないか調べるとともに、魔道具研究室と共同で測定器の作成をしてほしい。あと、強化魔法の研究もよろしくね。」
僕は残りのやってほしい研究を言うと研究室を出る準備をした。
「はい。もしかしてもう言っちゃうんですか。」
「明日早いからね。6年くらい会えないだろうけど、ちゃんと手紙書くからね。」
少し涙目のフィオナに慰めの言葉をかけるとともに別れの挨拶をした。
といっても、最後までフィオナは「私も連れて行って」と言っていたけど。
帰る途中フェリシアを迎えに行き、翌朝の準備のため早めに夕食を取って寝た。
翌朝。
まだ、日が昇っていない位のときに僕らは馬車に乗って移動しようとしていた。
「セオ、王都までは一応デマイスがつくけど、何があるかわからないからもしものときは、フェリシア嬢を守ってでも逃げろよ。」
「ええ、お父様も僕がいない間やらかさないようにお願いしますね。」
「お前が言うか。まあいい。気を付けてな。フェリシア嬢も。」
「はい、行ってまいります。」
「行ってくるよ。」
そう言って僕はフィリップス領都をでた。
【用語説明】
[1]フォトリソグラフィ
マスクを用いた露光・現像で回路パターンを印刷する技術。
[2]MOSFET
電気信号を増幅させたり、ON/OFFをするトランジスタの一種。これを組み合わせることで、CPUが作成できる。
[3]フォトレジスト
フォトリソグラフィで露光した部分がエッチングのときに溶ける(ポジ型のとき)材料。