僕のエデンへご招待
「あの、ここはどういう場所でしょうか。」
フェリシアの手を引っ張ってまず来たのが、僕が作った理想郷である。
「ここは僕が作った孤児院です。」
「孤児院ですか。孤児院といえば教会がやっているものと思いますが。」
たしかにそのとおりだ。この国だけでなく、世界で孤児院は教会がやっているものが多い。もちろんギルドが運営しているところもあるだろう。
しかし、貴族が運営することはこの国ではうちだけだ。なぜなら貴族などの権力者は、教会に孤児院の運営資金を提供していることが多いから自ら運営することはないためだ。
「そうですね。実を言うと私達は現在教会に孤児院の運営資金を渡していないのです。」
「そうなのですか。」
「はい。つい最近の出来事なのですが、教会が孤児を売買している証拠を掴んだので。」
「そ、それは大変なことじゃないですか。私のところも教会が孤児院を運営しているのですが。」
「いや、もちろん私の領地だけですよ。我が領は他領と違った特異的な権利があるため、国教のセフィーロ教とはいえ、運営母体が国の大聖堂でなく独自の運営になっているから我が領だけの問題ですよ。断定はできませんが。」
この孤児を売買しているのが発覚したのは7年ほど前。僕が5歳の頃の話だ。
発覚理由は、自分が奴隷売買に否定的であり、奴隷商の子どもを調べたらまさかの孤児が売られている事実が発覚した。
もちろん、教会の責任者は処刑(火刑)となり、我が領は孤児院の運営を自ら行うことを明言した。
ちなみに協会の運営にいち領主が口を出せないが、先程行ったように運営が国の大聖堂でないから、多少は口を出せた形だ。
「なるほど。でも本当に大きな孤児院ですね。」
「ええ、孤児院ではあるものの研究施設でもあるんです。もちろん城壁を拡張して作りました。」
領都は魔の森という、初代ベルモンド王が開拓しきれなかった森を背後に城壁が建てられている。それを森の方へ大きく城壁を拡張し孤児院を立てた。
ちなみに大きいというその大きさはサッカーのコート二面くらいの大きさだ。
「それは、すごいですが、資金は…」
「資金もここで稼いでいるので大丈夫です。何なら大きくプラスですよ。まあ、とりあえず中に入りましょう。」
僕はそう言って孤児院の門の中に入った。
中では孤児たちが、外で遊んでいたり、剣を振って練習したり、魔法の練習をしている。
この孤児院の半分(つまりサッカーコート一面分)は庭になっているので十分な広さだ。
「子どもたちがたくさんいますね。」
「あ、セオドラ様だ。」
僕達が入ると子どもたちが僕のところに来る。
来て何をするかというと、何ができたとか、誰が何をしてたとか子供らしい自慢や出来事を教えてくれるのだ。
「セオドラ様、今日ね、私ね、魔法が使えるようになったの。」
「ロージーだっけ、すごいね。もうその歳で使えるようになったのか。」
「ロージーじゃなくてローズ。シルヴィアお姉さんが教えてくれてできるようになったの。」
「ごめんね。そうか、シルヴィアに後でお礼を言うんだよ。」
ちなみに名前を間違えるのは日常茶飯事なのでみんな指摘だけして、話を続ける。
まあ、仕方ないのだ。ここには200人超の孤児と20人ほどの寮母さんが暮らしているからだ。
僕が人の顔と名前を覚えるのが得意なら良かったんだけど。
「そういえば、この子も新しい子?」
「ううん、僕の婚約者。」
「婚約者?」
「ええ、私はセオ様の未来のお嫁さんだよ。フェリシアっていうんだ。」
フェリシアはそう言って自己紹介をする。人見知りと聞いていたが、年下の子にはあまり人見知りをしないようだ。
しかし、未来のお嫁さんとは少し照れくさい。
「ええええ、セオドラ様がお嫁さん連れてきた。」
ローズたち孤児はそう叫び、みんなに広めるように孤児院の屋敷に向かった。
「ああ、すぐ言いふらすんだから。」
「すみません。お嫁さんとか言ったから。」
「いえ、僕も婚約者を連れたって言った時点でいつかばれるはずですし。それよりも外はまだ寒いので、中に入りましょう。」
僕はフェリシアを連れて孤児院の中へ向かった。
「広い孤児院ですね。私の領の孤児院しか知りませんが、設備も私の知っている孤児院よりもいいです。」
「そうですね。多くの孤児院が大きくなるまでの面倒を見るだけですが、ここではその後の生活まで考えて教育を行っているんです。魔法や剣が得意な人は傭兵ギルドに、頭のいい人は僕が個人的に雇用したり、ここで文字を教える先生になったり、他にも色々あってここを卒業した人は全員何かしらの職にはついているんです。」
僕が孤児院を運営するにあたって就業問題があった。
親がいないから親の職につけないし、何より親がいないという理由で能力のない成人したての子は職にさえつけない。
それを改善するため、教育を施している。
「今から向かうのは、僕の資金源である場所です。お父様にもしっかりと説明していないので、口外しないでください。」
「あの、そんな場所に行ってもいいのでしょうか。」
「ええ、フェリシアさんの秘密を共有する仲間ですから、僕の秘密も見せないと。」
そう言って僕は孤児院の関係者以外立入禁止の地下に向かう階段へ進む。
関係者とは孤児たちもだめだ。もちろん許可を出している子もいるけど。
地下に進み10メートルくらい降りると大きな施設が広がる。
地下は大体500メーター四方の大きな空間となっている。
そこにはたくさんの研究施設があり、区画分けも行っている。
「すごい。ひろい。」
あまりの光景にフェリシアはびっくりして、語彙力が低下していた。
「孤児院の地下は研究施設になっているんです。作った当時は10メートル四方の大きさだったんですが、拡張し続けてここまで大きくなりました。」
「こんなこと聞くのは失礼かもしれないですが、ここってどれだけお金かかっているんですか。」
「失礼とかそんな。もちろん気になりますよね。お金のこと。大体、全部含めて10億コロンくらいですか。」
「ひぇ!」
僕がそう言うと、フェリシアは聞いたことない声で驚いた。
いや、人って本当にびっくりするとああなるんだね。
ちなみに10億コロンとはどのくらいか。
フィリップス家の税金の歳入が3億コロンだから3年分くらい。ただ、フィリップス家だけが歳入が多いだけで、これは公爵家レベルだから当てにならないだろう。
僕個人の感覚としては1コロン500円くらいのイメージだ。つまり1500億円くらいこの施設にかけている。
なぜそんなにお金がかかっているのか。
土地代は領主である時点で0だし、この屋敷と屋敷内の設備だけに関しては父が半分出したので、30万コロンくらいしかかかっていない。地下の拡張も魔法のお陰で20万コロン~30万コロンくらいだろう。
多くは研究施設に消えているのだ。
一番近くにあるこの施設は製紙工場で、紙を大量生産している。
また、その隣の施設は魔法研究室で、暗黒魔法の研究や魔法を使う触媒の研究をしている。
階段から一番奥にある施設は医療研究室で真上には、フィリップス家が作った格安の診療所がある。
他にも魔道具研究室、機械研究室、材料研究室、化学研究室などがあり、一番最近作ったのは半導体研究室だ。
「こんな感じで様々な研究室に出資してたらこんなふうにお金がかかったんだよ。」
「なるほど、化学?半導体?とか聞いたことないのですが。」
「ああ、それも後々理解できるよ。」
「そうなんですね。でもどうやってそんなお金があるんですか。」
確かにそれは気になるだろうね。
10億コロンだ。5年でとはいえ、多くの領主は10億コロンも研究資金にしないというかできないだろう。
多分、この国の研究資金をあわせても10年分とかだろう。
「フェリシアさんはこの国の産業って何かわかる。」
「えーと、王国2番目の領土なので農業とかでしょうか。」
「うーん、正しいけど、産業の大きさとか収入的には違うかな。まあ、難しいと思うから答えを言うと、昔までは金と銀の採掘。ここ30年は貿易業も主力になって税収の3割はこの採掘と貿易で賄っているんだ。」
「ということはその2つからの税金でここを作ったのでしょうか。」
確かにこの2つだけで1億コロンは稼いでいる。しかし、それを全部使っても5年で5億コロン。到底足りない。
「いいや、違うよ。そもそも税金で賄ってないしね。ここで稼いでいるんだよ。そしてさっきの説明に戻ると、ここ3年の主力産業は製造産業かな。これで歳入の5割程度あるからね。ここの施設が稼ぎ頭だよ。」
「ということはここにある施設でたくさん稼いでいるんですか。一体何を作っているんでしょうか。」
「うん。まずは紙。この紙を作る事業で年間1億コロンは稼いでいるよ。高品質で安いから、国内外でここ5年で使われているのは家の紙だろうね。」
今年は年間1億コロンも稼げた。大体B5用紙5コロンで販売しているので、B5用紙を2000万枚販売している計算だ。
この事業は原価率10%であるから、儲けは9000万コロンもある。
今やフィリップスといえば、紙の生産と言われるほどだ。
「そして、馬車も作っているよ。」
「馬車ってここ最近乗り心地がいいと思っていた、シエンシアの馬車ですか。」
「うん、その馬車であっているよ。シエンシアはこの施設で作ったもののブランドだね。」
この世界に来て馬車の振動や椅子の乗り心地が気になり馬車を改良した。それを現在は販売している。
一台1万コロンから2万コロンとお高めだが、乗り心地の良さから年に1000台ほど販売している。この事業で2000万コロンほど稼ぎ、ブランド化することで利益率も50%となり、1000万コロンも利益が出ている。
「シエンシアってここのブランドだったんですね。私もお母様もお姉様も、ここのブランドの化粧水を愛用しているんです。」
「いつもありがとうございます。この化粧水事業も大きな稼ぎ頭だよ。」
「そうなんですね。シエンシアって、てっきり王都のブランドだと思ってました。」
「王都で主に販売しているし、製造場所やブランドの創設者も隠しているから勘違いされやすいんだ。」
このブランド化によってシエンシアは、王都でNo2のブランドとなっている。化粧水事業は女性がたくさん買うので、ブランド化事業の7割も利益を出しているのだ。
ちなみにNo1は王族ブランドの商品だが、流石に彼らのメンツのために販売量を制限したり、ブランド化しなかったり、商品の種類を被せなかったり色々行っている。
このブランド化事業で5000万コロンほど利益がある。
「製紙産業とブランド事業と他の細々としたので年に2億コロンくらい稼いでいるかな。」
「2億って…。でも、そんなに研究の何に使っているのですか。」
「うーん色々あるけど、研究の材料の入手と人材育成費、孤児院の運営費とか。一番お金かかっているのは、本を買う第きんだけどね。」
「本ですか。たしかに高いですけど、1冊2000コロンとかですよね。何冊買っているんですか。」
「大体1万冊くらい?」
特に魔法についての知識がほしいのでそれくらい使っている。使いすぎとの指摘も正しいが、いつでも売れるし、知識はお金を払わないと変えないからだ。
「まあ、お金の話はこれくらいにして、魔道具研究室に行くよ。これからここで勉強するからね。」
そう言うとフェリシアはファイティングポーズで「望むところです。」と言い、研究室に向かった。