第9話 初仕事を受ける
さてと、いよいよ私達の新しい一日が始まった。
……って言えばカッコがいいかもだけど、まずはお腹を落ち着かせないと。だって朝だしね。
「ああ、食った食った。ま、朝だし腹五分目ってね」
「例によって例の如くアタシのお金だけど。それ以上食べたらさすがにブっ飛ばしてたわよ」
「ちぇ~」
格安で泊まれるビジネスホテルに食事なんてサービスは無いので、朝早くからやってる喫茶店で軽く食事を済ませた。
朝の喫茶店の、なんというかこのゆったりとした雰囲気。どこか上品で、それでいて活力を入れてくれる温かさを感じる。好きなのよね、こういうの。
ここで食べたクロワッサンの味は格別だった、特に焼きたてなんて贅沢レベルに最高。
ベーコンと卵まで挟まっていて、食後のコーヒーもとても美味い。
……これでポタージュもあったらいう事無しだけど、流石に財布の事情ってものがあるから、ここは我慢。
「いやぁ、良いねぇ。やっぱり朝食はこうでなくっちゃ」
「今度からこのレベルの朝食が食べたかったら自分のお金で払いなさいよね」
「わかってるよ。いや~ゴチになりましたぜ姐さん」
「その手やめてよ。なに露骨にゴマ擦ってんの?」
(だってお金が無いんだもん。もん)
「さてっと。腹ごしらえも済んだし、今日こそギルドに行って仕事を見つけないと」
「それが冒険者のあるべき姿ってか。いっぱし気取っちゃってぇ、一ベテランとして鼻がむず痒いね」
「しみじみ言ってんじゃないわよ。たかだか、一年ちょっとのクセに」
雰囲気は気に入ったけど、ここでいつまでも朝からグチグチと言い合っても迷惑だ。名残惜しいけどは店を出る。
今度は一人で来ようかな? 秘密のスポットを発見した気分。うん、これも新天地の醍醐味よね。
街道へと飛び出すと、まずは何よりも優しい朝日が出迎えてくれた。
(う~ん……、気持ちいい)
清々しい青い空に白い雲。これぞ祝福の朝。
「眠くなってきちゃったなぁ……。ぐぅ」
横を見たらまた、エルの瞼が下がり始めていた。なんてわかりやすい。
「食ったら寝るって、冗談じゃないわよ! 朝はまだ始まったばかりでしょうが!」
「お、おい。そんなに揺らすなよ。吐き気が……」
「きゃあ!!?」
◇◇◇
「ええ、ではパーティを結成して初めてのお仕事という事ですので、こちらなどどうでしょうか?」
「なるほど、流石は目利きでいらっしゃる。しかし私としては、やはり貴女の人生の伴侶という仕事を引き受けたく」
「はぁ……?」
「朝っぱらから何やってんのよ!? もういいから向こう行ってなさい」
相も変わらず、受付嬢のお姉さんにふざけたキザったらしい文句をたれる間抜け男。
いつまでも話が進まないっての! お姉さんから見えないようにエルの脇を小突いて余所においやる。
不満顔で去って行く間抜け。もう。
受付嬢との会話を再開し、アレコレと依頼書を見せられながらも、初心者の私がこなせるものを選ぶ。
やがて話はまとまって、一枚の依頼書を手に取った。
「じゃあ、これにします」
「はい。では手続きを開始いたしますので少々お時間を頂戴致します」
「わかりました、お願いします」
……ふぅ。まずは最初の関門、見事突破ってとこね。
何事も最初が肝心だから慎重に選ぶ必要がある。だからちょっと緊張してた。
依頼についてエルに伝える為に、掲示板の前にいるアイツの元へと向かう。
「居酒屋のオープニングスタッフ、時給千ペレル。未経験者歓迎、アットホームな社風を目指しています。これを機に新しい仲間と楽しく働いてみませんか? ……そこそこ悪くねぇな、これにするか」
「だからっ、バイトの求人に応募してどうすんのよ! いい加減にしなさい!」
「そんな怒鳴ることないじゃん。……それで、結局何の依頼を引き受けてきたのよ?」
「これよ、これ」
一人でアホなことしてる男を怒りつつ、持ってきた依頼書を手渡した。
『ヴェノムスパイダー討伐。場所:レッデレア坑道。依頼人:ギルド。
毎年の事ですが、今年も彼のモンスターの繁殖時期が近づいてきました。殲滅は生態系に影響を及ぼしますので、適度の間引きをご依頼しております。報酬額は一匹につき五千ペレル。なお、期限は一週間以内となります』
「おお、そういや今年もそういう時期か……。いやぁ懐かしいな、俺もド新人の頃受けたぜ。もうすでに分かっているだろうが、俺はみんなが期待する新星冒険者でな? そりゃあもうあの頃はその期待に応えるようにちぎっては投げちぎっては投げ、獅子奮迅の大活躍を初回に決めちまったもんさ」
「……ていう妄想なのね。アンタの事だから、どうせパーティメンバーに任せっぱなしにしてひんしゅく買ったとかじゃないの?」
「そぅ、んなワケないじゃん。な、何てこと言うんだ。俺は期待の新星で、依頼を達成した後キレイなお姉ちゃん達にもみくちゃにされて!」
「動揺してんじゃないわよ。……はぁ、まあいいわ。じゃあ私は残りの細かい手続きしてくるから、アンタは装備品とかの確認でもしてなさい」
呆れ顔で溜息をつきながらそう提案して、再びカウンターへ。
コイツの元のパーティメンバーって相当苦労したんでしょうね。ソロになった理由もその辺りが原因かも。
(ったくいちいち文句言いやがって。……それはともかく、アイツはこれが初仕事だからこういうことに気合が入ってるんだろう。俺にも覚えがある。普段寝つきの良い俺が、前日からワクワクして全く眠れなかった。今でも昨日のように思い出すなあ……)
『ぐへへ、ボインちゃんがいっぱいだよぉ……』
『もういい加減に起きなよ! 今日がボク達の初仕事なんだよ?! どうしてそんなに緊張感が無いんだキミは!!』
(…………あれ? ま、まあ一年も前の話だから。多少の記憶違いが起こっても仕方ないよな。うん!)