第3話 勘違いされた彼女
「……わかった、つまりあれだな。俺のつぶやきをうっかり聞いてしまった。そういう事か」
何がうっかりよ。目の前で言う事じゃないし、明らかに聞こえる大きさで言ってたじゃない。
それを無意識で言ったってならコイツやばいわ。
私の心情も知らず、この失礼の塊は言葉を続けた。
それも、さらに無粋な言葉を。
「まあまあ落ち着けって。劣等感を理解出来ない程俺も無粋な男じゃあない。
そりゃ胸が無いというのは女性としての敗北感に一生苛まれなきゃならんワケだし、好きな男がいてもボインちゃんに取られるだけの人生を送らなきゃならないかもしれないが。
でも、世の中ってもんは広いわけで、もしかしたらそんな慎ましやかなもんが好きとかいう危篤なヤツとも巡り会える可能性だって捨てたもんじゃないはずだ。そう信じていけば救われるさ。
……ま、俺はお前なんか御免だけどな!」
本人はまるでなぐさめるように優し気を装って言うが……。
言われた私は一瞬ポカンとした後、プルプルと震だす。
(こんのっ……クソったれッ!!)
そして直後、今度は自慢のグーパンチが男に飛来する。
これは食らってはたまらんとでも思ってか、すかさずしゃがみ込んで回避行動に移る。
外した!? でもねっ!!
「甘いわ!!!」
怒声と共に放たれた蹴りが、ヤツの股間を捉えた。
「ひぐっ!!?」
あまりの激痛にその場に崩れ落ちる男。
悪は滅びた。
そのままのたうち回る男を後目に、プリプリとその場を後にする。
「ああ気分悪い。せっかく町に来たってのに、最初に出会ったのがあんなデリカシーを投げ捨てたような男だなんてっ」
そんな男を忘れるように、私は通りを出て行った。
再び戻って来た大通り、流石に人が多い。
あんな出来事なんて頭からポイして、気分転換がてらマップを広げて街を散策する。
「さてと……。で、あそこがアレで……」
「よう、そこのお嬢ちゃん。何かお困りかな?」
唐突に声を掛けられた。私の事よね?
聞こえた方を見ると、ニヤけ顔の大男がこちらを確かに見ていた。
これはアレだ、ナンパというやつだろう。
(めんどくさいわね……)
ただでさえ、ちょっとイラついてるってのに……。
そんな心情など知るはずもない男は、ニヤけたまま話を勝手に続ける。
「お嬢ちゃんよぉ、困りごとがあるんだろ? 俺がそれを手伝ってやってもいいんだぜ?」
「結構よ。そりゃあ確かに、ギルドの場所を把握したいとか、これから誰かとパーティでも組もうとか考えて……あっ」
気づいた時には遅いというか。
そいつのニタニタした笑みがさらに気味悪くなったように見える。
余計な事言っちゃった。
「そうかいそうかい。そいつは奇遇だな、俺も冒険者の端くれでよぉ」
「そ、そう? まぁでも私には特に関係ないって言うか……」
そそくさと立ち去ろうとした時、遠慮の無い男に腕を掴まれてしまった。
「つれねぇじゃねぇかよ。……げへへへ、お嬢ちゃんよぉ。俺様が組もうって言ってんだぜ? だったらお返事はうんかはいかイエスかオーケーかのどれか一つだろうが? ほれ、早く決めねぇか! それとも全部がいいか!!」
「冗談じゃない、嫌ってのよ! それに何無駄にバリエーション出してんのよ!」
「選択肢を増やしやってるんだろうが、親切によォ!!」
くっそぉ。めんどうな事になった。
でも、ここは大通り。周りには人が居るし、もしかしたら誰かが助けてくれるかも?
……誰も来なかったら仕方ない、この男を叩きのめすしか。さっきは人通りが無かったから手荒な事をしたけど、ここじゃ人目につく。出来れば助けて貰いたいんだけど。
って思った時、どこかから声が聞こえて来た。
それも、つい最近聞いたような声が……。
「そこには一人の大男と一人の胸無し女。
男は下品を顔に貼り付けたような顔をしており、全く嫌らしくも下劣であり脂ぎっておりニキビ跡が無惨な事になっているスキンケアなんぞやった事もないような、それはそれはハゲで無知でアホ面が酷く思わず同情すらしてしまうような」
「おいテメエ!! さっきから何人の事べちゃくちゃ馬鹿にしてんだよ!!?」
「やべ、口に出してたっ」
そう、さっき私が叩きのめしたあの男が、私達を見てブツブツと言っていた。
これは、利用出来るかも。
「い、いや俺は何も言ってないし。勘違いじゃない? じゃ、そういう事なんでこれにてドロンな具合で……」
と言いながらそそくさ立ち去ろうとする男。
いやダメ! ここで逃がしてなるものか!
「ちょっとアンタ!? これ見て立ち去ろうっての? 今まさしく私が襲われてるでしょうが!!」
「あ~、そういうマンネリの回避法なのかなと思って……。ま、これも何かの縁かも知れないし。どうぞどうぞお幸せに」
「なれるわけないでしょうが!!!!」
あろうことか、この大男を私の彼氏と勘違いした男。冗談じゃないっての!
その上、お幸せになんて言い放って! こんな彼氏はゴメンだっての!