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第5章:葛藤と決意

橘 樹の心の中には、神崎 零士の言葉がずっと響き続けていた。


「この力は、呪いだ」


彼は最初、この言葉を信じたくなかった。自分が持つ「記憶を見る力」は、奈々を救う手がかりになるものだと信じていたからだ。しかし、学校内で起こった窃盗事件に、自分の力と同じような現象が絡んでいると気づいたとき、橘は改めて自分の力の危険性を感じ始めていた。


窃盗事件の被害者である小林が「何も覚えていない」と言ったとき、橘はその言葉に不気味な違和感を覚えた。それは単なる事件ではなく、記憶に関わる何かが働いていることを感じさせた。橘は、自分の力がその事件とどう関わっているのかを知りたいという思いに駆られていたが、同時にそれに深入りすることへの恐怖もあった。


神崎は、あくまで「誰も救えない」と言い放ち、自分の力を使わないようにしていた。彼の冷たい視線と、どこか諦めたような態度は、橘にとって重くのしかかる。


「俺が力を使えば、誰かを傷つけてしまうのか?」


橘はその思いに葛藤しながら、奈々を救いたいという気持ちと、神崎の忠告の間で揺れ動いていた。




ある放課後、橘は学校の屋上に立っていた。広がる夕焼けが橘の足元に影を落とし、冷たい風が吹き抜ける。その風景の中で、橘は一人、頭の中で繰り返される「葛藤」と向き合っていた。


自分の力は、他人の記憶にアクセスできるという特殊なものだ。しかし、その力を使うたびに、橘は相手の深い傷や隠されたトラウマに触れてしまう。奈々の家での苦しみを知ったとき、橘は彼女を助けたいと思ったが、同時にその秘密を知ってしまったことで、彼女との関係が変わるのではないかという恐怖も感じていた。


「俺が知ることで、奈々を苦しめることになるんじゃないか……」


橘はそう考えるたびに、奈々の笑顔が頭に浮かんだ。彼女が何事もないように振る舞い続ける姿を見て、自分の無力さを痛感する。


そんなとき、ふとドアが開く音がした。振り返ると、そこには神崎が立っていた。彼は橘を見つめ、静かに屋上へと足を進めてくる。


「まだ悩んでいるのか」


神崎の冷静な声が、橘の耳に届いた。橘は返事をせず、ただ沈黙のまま空を見つめ続けた。


「お前が何を考えているか、俺には分かる。だが、俺から言えることは一つだけだ。――この力を使えば、必ず後悔する」


神崎の言葉は、冷たくも確信に満ちていた。橘はその言葉に心が揺れる。


「お前は……どうしてこの力を呪いだと思うんだ?」


橘は勇気を振り絞って、神崎に問いかけた。彼はしばらく黙っていたが、やがて重い口を開いた。


「……俺は、昔、同じようにこの力を使って誰かを助けようとした。だが、その結果、俺が知りすぎたことで、その人をさらに苦しめてしまったんだ。俺が見た記憶は、彼女の深い傷だった。それを知らなければよかったのに、俺はそれを知ってしまった。そして、それをどうすることもできなかった」


神崎の声には、どこか哀しみが混じっていた。彼は、自分が見た記憶によって相手を傷つけ、最終的にはその関係が壊れてしまったというのだ。


「俺たちは、相手の記憶に触れすぎることで、逆にその人を傷つけてしまう。だから、この力は呪いだ」


神崎はそう言い終えると、再び沈黙した。橘はその言葉に反論できなかった。神崎の言葉には重みがあり、彼が経験したであろう苦しみがひしひしと伝わってくる。


だが、橘は同時に、神崎のように全てを諦めることもできなかった。


「それでも……」


橘は口を開き、神崎を見つめた。


「それでも、俺はこの力を使って、奈々を助けたいんだ。彼女は、家で苦しんでるんだ。それを俺は知ってしまった。神崎、お前の言うことは分かるけど、俺はこの力を呪いだと諦めたくない。俺は……誰かを救いたい」


橘の言葉は強かった。彼の中には、奈々を見捨てることができないという思いが強くあった。神崎がどんなに「呪い」だと言っても、橘はその力を使う決意を固めていた。


神崎は橘の言葉を黙って聞いていたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「お前がそう決めたなら、止めはしない。ただし――覚悟はしておけ。この力を使って、後戻りはできない」


橘はその言葉に頷いた。覚悟はできていた。奈々を助けるためなら、自分がどんな代償を払っても構わないと思っていた。




その夜、橘はベッドに横たわりながら、これまでのことを思い返していた。自分の力がどれほど大きな影響を与えるか、その重みを感じていたが、それでも奈々を助けるという思いは揺るがなかった。


「俺ができることをするしかない……」


橘はそう決意し、目を閉じた。


次の日、彼は奈々の元へ向かうつもりだった。彼女の苦しみを知り、何とかして彼女を救いたいという強い思いを胸に抱いて。橘は、自分の力を使うことを恐れず、前へ進む覚悟を決めていた。

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