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第1章:能力の覚醒

橘 樹は、普段と変わらない教室で窓際に座っていた。だが、この数日間、何かが違う。彼の心の中に、重くのしかかる不安がずっと消えない。それは、数日前のあの奇妙な体験――夢とも現実ともつかない、見知らぬ少女の姿が頭から離れないからだ。


普段なら、こんなことはすぐに忘れるだろう。だが、あの夢は現実味が強すぎた。少女の泣き声や怯えた瞳、それに橘を「助けて」と呼びかける言葉――どれもが鮮明すぎて、単なる夢で片付けられなかった。


「橘、最近ちょっと様子おかしくない?」


隣の席に座る水無瀬 奈々が、心配そうに声をかけてきた。彼女は幼い頃からの友人で、いつも橘の変化に気づくのが早い。明るくて活発な性格の彼女は、クラスのムードメーカー的存在であり、橘にとって頼れる存在でもあった。


「うん、なんでもないよ。ただ、ちょっと疲れてるだけ」


橘は軽く笑いながら答えたが、心の中はざわめいていた。奈々には言えない。夢の中で少女の記憶を見たなんて、言えば変な目で見られるに違いない。そもそも、自分自身が信じられない現象をどう説明できるというのか。


「寝不足?」


「まぁ、そんな感じ」


橘は再び短く答えた。奈々はそれ以上問い詰めることなく、彼をじっと見つめたが、橘の曖昧な態度に納得した様子で、やがて黙り込んだ。彼女には普段からこうした気配りがあった。何かに気づいていても、無理に踏み込まない優しさが、橘にとってはありがたかった。




昼休み、橘はぼんやりと校庭を眺めていた。クラスメイトたちが楽しそうに笑い声をあげ、いつもの日常が続いている。しかし、橘の心の中には不安が渦巻いていた。


「本当に、あれは夢だったのか?」


自分に問いかけてみるが、答えは出ない。だが、それが単なる夢ではないのではないかという疑念は、日を追うごとに強くなっていた。


突然、頭の中で鈍い痛みが走る。橘は思わず頭を押さえ、教室の窓際に身を寄せた。視界が徐々に歪み、周囲の音が遠ざかっていく。


「……またか」


橘は心の中で呟いた。次の瞬間、彼の目の前に広がるのは、またもや別の場所だった。教室の光景は消え去り、橘は見知らぬ場所に立っていた。だが、今回は前回とは異なる場所。目の前には、荒れた空き地が広がっており、遠くに廃れた住宅街が見えた。


「ここは……?」


橘は辺りを見渡すが、何も思い当たるものがない。だが、その光景がやけに現実的に感じられ、彼の胸は不安で満たされた。そして、ふと気づいた。遠くに見える小さな人影。よく見ると、彼のクラスメイトの一人だった。彼は何かに怯えているようで、背後を何度も振り返っている。


「……なんで、彼が?」


橘は困惑する。普段、彼とは特に親しいわけでもない。だが、彼の様子はただならぬものがあった。怯えたような目つき、汗ばんだ顔――まるで、誰かに追われているかのようだった。


「これって……夢じゃない。記憶?」


橘の中で、その考えがふと浮かんだ。だが、その瞬間、強烈な頭痛が彼を襲った。橘は目を閉じ、耐えきれず膝をつく。




次に目を開けたとき、橘は教室に戻っていた。教室のざわめきが耳に戻り、周囲のクラスメイトたちが何事もなかったかのように授業を受けている。だが、橘は胸の高鳴りを抑えられなかった。


「今のは……?」


橘は自分の震える手を見つめた。冷たい汗が額から流れ、身体中が微かに震えている。まるで、現実の出来事を経験したかのような感覚が残っていた。頭の中で見た光景は、ただの幻覚ではない――それが、橘の中で確信に変わっていった。




放課後、橘は教室を出るとすぐに、そのクラスメイトを探した。廊下の向こうで見つけた彼は、まさに夢で見た時と同じような怯えた表情を浮かべていた。橘は思わずその背中を追いかけようとしたが、言葉が出てこなかった。


「どうして……?」


自分が彼の記憶に入り込んだという確証はない。だが、何かが起こっていることは明らかだった。橘は立ち止まり、遠ざかるクラスメイトの背中を見つめた。




家に帰った橘は、自室の机に向かいながら、頭を抱えた。次々と湧き出る疑問が、彼の思考を混乱させていた。


「一体、何が起こってるんだ……?」


この現象がただの偶然ではないことは明白だった。夢と現実の境界が曖昧になり、他人の記憶を垣間見ているかのような感覚――だが、その理由も、どう対処すればいいのかも分からない。橘の中で、初めて「恐怖」が現実のものとして広がっていくのを感じた。


「俺に……何が起きているんだ?」


橘はその問いを胸に、眠れぬ夜を迎えることになる。

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