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第11話 ドロイゼン・ハウス

「うっそ。これ本当に美味しい。ジェーン、大好きぃ」

 アリエッタ率いる第3航空隊の面々はドロイゼンの老舗カフェに腰を落ち着けて寛いでいた。若い4人組の女性の姿は嫌でも目立つ。しかも、それぞれが水準を上回る容貌をしているのだからなおさらだ。


 バーリンゲン空襲のために出撃したものの、折からの悪天候でドロイゼン郊外の空港に立ち寄っている無聊を慰めるために、ジェーンが案内をかってでたのだった。ここドロイゼン・ハウスは街一番の歴史を誇るカフェハウスで、目抜き通りの一等地にある。


 4人の陣取るテラス席からは、本来であれば壮麗な大聖堂の姿が目に入ったはずだが、そこだけぽっかりと空間があいていた。あいにくの小雨混じりの曇天で、少々肌寒いが、それだけにホットチョコレートの暖かさと甘さが身に染みる。ちょっぴり柑橘系の香りづけがされていて味に深みが出ており、シーリアでなくとも唸らずにはいられない旨さだった。


「このドロイゼントルテも、おいしーい」

「チョコにチョコかよ」

「いいじゃん、別に。でも、ジェーンは子供の頃からこんなに美味しいのを食べたり飲んだりしてたのかあ。いいなあ」

「そんな訳はないだろう。年に1回か2回。お祝いの時だけさ。それほど裕福じゃなかったしな」

「そっか……」


 魔女は生まれた時から魔女として生まれてくることは稀だった。魔女の子供が魔女となるとも限らない。多くの場合10歳以降のある日突然に自分が魔女であることに気づくのだ。場所にもよるが現在でも魔女は忌み嫌われていることが多い。魔女の発現は様々な悲劇を生むことになった。昨日までの友達や、場合によっては両親の目の中に自分への嫌悪感を見出すことは幼い少女の心を深く傷つける。


 魔女であることが分かると速やかに全寮制の寄宿学校に入れられた。これは魔女の保護という意味もあったが、ここ数年では飛行隊のパイロット確保という意味合いが強い。寄宿学校での生活は大抵の場合、食事を初めとした暮らしの水準が上がるケースが多く、殆どの魔女は両親と離れ離れになることを受容した。


「まあ、今じゃ、これぐらいは躊躇いなく飲み食べできるぐらいの稼ぎがあるけどな」

「わーい。じゃあ、今日はジェーンの奢りね」

「どうしてそうなる。お前だってそれなりに稼いでいるだろうに」

「だって、他人の金で飲み食べする方がおいしいじゃない」


 苦笑するジェーン達のテーブルの側に紺色の制服を着た一団が立った。

「お嬢さん達。良かったら、これから我々と一緒にどこかへ遊びに行かないか?」

 視線を向けると第9師団の徽章をつけた若い兵士達だった。無用のトラブルを避けるために平服を着ているハンナ達を魔女とは知らず声をかけてきたようだ。


 階級章に視線を走らせると一番上で曹長でしかない。

「悪いけど他所をあたって」

 ジェーンが興味無さそうに言った。これはその場にいる者の総意であるのだが残念ながら相手には伝わらなかったようだ。


「それじゃあ、ブルネットのお嬢さんと、赤毛のお嬢さんはどうかな?」

 シーリアはチョコタルトを堪能するのに忙しく返事もしない。その様子を頬杖をついて眺めていたハンナも気だるげに無言を貫いている。その様子を満足げに眺めているアリエッタもまた口を開かない。兵士たちは黙りこくってしまったハンナ達に取り付く島が無いと感じたのか去って行った。


 内心シーリア少尉あたりが、話しかけるときには「殿」をつけなさいと言い出すかと冷や冷やしていたアリエッタは、一時外出が平穏のうちに終わりそうなので感動していた。

「それじゃ、そろそろ戻ろうか」


 もうちょっと食べたいと言っていたシーリアもいくつかを持ち帰り用に買うことで納得し大人しく席を立った。傘をさしながら石畳の道を歩く。しっとりと肌に絡みつくような湿気が鬱陶しかった。途中で辻馬車を拾って、飛行場へ向かうように告げる。


 瓜のような飛行船が係留されているエリアを横目に軍用エリアに向かいながら、胸に大事そうに箱を抱えたシーリアが言い出す。

「ねえ。隊長。本当はさっき声をかけられたの惜しいとか思ってません?」

「思わないな」


「えー、でも見た目は悪くなかったですよ」

「軍曹じゃ中佐とは釣り合わないだろう?」

「隊長ってば、相手の身分とか気にするタイプなんだ。やっぱりしっかりしてるねえ」


 それは気にせざるをえないだろうさ。アリエッタは心の中で考える。恋人なり妻なりが魔女であるということは、それなりに軋轢をもたらすことになる。周囲との関係において、ある程度はその悪感情をそらし跳ね返すには、社会的な身分があった方が間違いなく楽だった。


 17歳になると先輩の魔女から、その辺りのことについてのアドバイスを受けることになる。

『綺麗ごとだけじゃすまないんだ。愛だけじゃ生きていけない。世間の圧力に負けると愛は憎しみに変わるから、気を付けるんだよ』


 アリエッタは口に出してはこう言った。

「この戦争が終わりでもすれば別だけど、下士官なんて半分棺桶に片足突っ込んでるようなものよ。黒縁の封筒を受け取るなんて、考えたくもないわね。まあ、士官だって死ぬときは死ぬんだけど」

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