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エピローグ(1)


「いいかい、こうやって塗りこむんだ」


 ジェインがアシュリーの手に熱心に何かを塗りこんでいく。


 コルテナの街から、ここはもう随分と遠くに来ていた。鬱蒼(うっそう)と茂る森の中、ぽっかりと空いた空き地。街道から少し離れて、今日はここで夜を過ごすつもりのようだ。


「これ、あのとき塗ってもらった傷薬ですよね。ふふ、いい匂い」


「うん? ああ、そうだよ」


 なんだか危機感のない返事に、ジェインは少々面食らう。首回りや耳の後ろ、両手に塗りこんでもらったクリームが余程気にいったのか、自分の鼻の前でくんくんとその香りを嗅いでいる。


 その姿をじっと見詰めながら、ジェインが小さく尋ねた。


「あー、その、アシュリー。……良かったのか? やはり葬儀に出たかったんじゃ」


 アシュリーはピタリと動作を止め、きゅっと唇を噛みしめた。


 琥珀の瞳が潤んだように見えて、ジェインは慌てて話を塗り薬に戻した。


「あーっと、そうだ、肝心なことを忘れていたよ。この薬は月のものの前後十日、毎回こうやって塗りこむこと。いいね?」


 手にしていた小さな容れ物をアシュリーの手に握らせながら、ジェインは真面目な顔で言った。


「はい、分かりました。それと、路銀が尽きたときには塗らずに、でしたね」


「まあ、うん、そう。すまないね。怖いだろうけど、ちょっと呼んでもらうだけだから。文句はこの国の魔物のでなさっぷりにね」


 先に路銀調達(かねもうけ)の手っ取り早い方法を教えられていたアシュリーは、分かってますから、と言いながら身に着けたポシェットに大事そうに薬をしまう。


「私が無理を言ったからですよね。褒賞金の殆どを受け取らずに出発したのは私のせいだもの」


 ジェインは首を振った。


「いや、そうじゃないよ。あー、なんだ。私は煩わしいのはすこぶる嫌いなんだ。アシュリーの件がなくとも、今日か明日には街を出ていたさ」


 ちやほやされるのも、興味を持たれるのも、ジェインにとっては不快でしかない。


 互いが自分のせいだと言い合い、結局二人とも、思わずしんとしてしまう。


 今度はアシュリーが話を戻した。


「あの、ところでこれ、材料は何で出来ているんですか?」


「材料? そうだな、んー、なんだろ。聞いたことないな」


 アシュリーの当然の疑問に、ジェインは視線を斜め上に首を傾げた。


「その薬は、古くからの友人が作ったやつさ。どんな傷も、血の匂いすらも消し去る万能薬で、狩りをする上で何かと重宝するんだよね。だいぶ前からの御用達さ」


「そんな薬が……お友達は大天才なんですね」


 ぶふぉっとジェインの頭の中で盛大に吹き出す音がした。


「天才? あいつが……まぁそう、そうか?? 変なヤツなんだが。近々また貰いに行くから、気になるならその時に直接聞いてみるといい」


 首を捻りながら複雑そうな表情で答えるジェインを見て、アシュリーはくすりと笑った。





 ぱちぱちと木が()ぜる。


 夜の(とばり)が降りて、辺りを照らすのは地上に咲く炎の花。


 ジェインは焚火の前の程よい石に座って、じっと炎を見ていた。


『おじさんの為に弟の葬儀にはでないって、あの子もお別れはしたかっただろうに』


 カティアの意見にジェインは返事をした。食事を終えて、アシュリーが寝入ってから暫く経つ。


 ゴーシュが準備してくれた食事は格別だった。


「ああ、まぁそうかね」


『二体目の希少種に関しては、荷台のアレも夜通し準備したみたいだし? あんたの選択を今回も支持するわ』


 出発にあたり馬を調達したいと言ったところ、ゴーシュはアシュリーの為にとこの馬車を用意してきた。


 荷台はゴーシュが整えた旅支度で、かなり快適なものに変えられていた。


「この手の馬車は乗り心地が悪いから」


 今はアシュリーの抱き枕と化しているふかふかのクッションまであるのを見たときは、思わずジェインも笑ったが。


『愛よね、愛! ……ん?』


 ジェインが視線だけを炎の向こう側に移した。


「……そろそろ来ると思ってたよ」


 がさり、とワザとか音を立て茂みが揺れる。


『え、ちょっ!』


 焚火の炎が舐めるように、前に現れた人物の白い肌を這い上がる。闇に浮かぶのは整った少年の顔────リオだ。


「まったく魔のつくものなら、それ相応の行動をしてくれないと、色々と調子が狂うんだがな」


「やはり気付いていたのか」


 初めて会った時よりも幾分か声は低く、子供らしさは容貌だけで、ジェインはひょいと肩を(すく)めた。


「いつからだ」


「そんなの訊きたいんだ」


 思わず、くくっとジェインの喉が鳴る。


「いいよ、教えてやる。宿の階段で会ったろ。あの時、()()()としたんだ」


『なにそれ、野生の勘?』


「あっははは!」


 リオは一瞬目を丸くし、次に体を()るほどに声をあげて笑った。肩を揺らし、はー、はーと息を継ぐ。


「なんだ、それはっ。面白過ぎる、絶世の容れ物にまさか獣が入っているとは!」


 その光景にジェインは明らかに気を悪くした。


「斬るよ?」


 かちり、とカティアの(つば)が鳴る。


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