表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/95

第八十九話 師匠と弟子

 両手を握りしめて、ぐっと堪えるリュシェルに、ジェインは続けて言った。


「今日の午後から葬儀があるんだろ」


「……え? ああ、そうだよ。リオもそこで……あの、せめて見送ってから行くのは」


 ジェインは首を横に振った。


「なるべく人の往来が少ない間に出たいんでね」


 街での合同葬儀であれば、住民のほとんどが集うだろう。どんな視線も少ない方がいい。


「ああ、そうか、そうだね。それがいい。アシュリーのこともあるけど、街の英雄がこんな美女だと知れば、また騒がしくなるだろうし」


 その言葉には苦笑いしかできない。




「身体に気をつけるんだよ。アシュリー、いいかい、私はあんたのおばさんだ。何か困ったことがあったら連絡するんだよ。いつでも力になる。あんたは一人じゃない。このリュシェルがずっとついているからね」


「あ……ありが、とう。おかみ……ううん。おばさん、ありがとう」


 真剣に心配する表情のリュシェルに、アシュリーは琥珀の瞳を潤ませて答えた。


「あのね、実は私、おじさんとは話せないままで……黙って出た方がいいと、そう思って。……でも、会えばよかった! ……リオのお見送りも出来なくて、ごめんなさいって、大好きだって伝えて……。ごめんなさい、おばさん。おじさんのこと……お願いします」


 決壊した涙腺が満水の涙を盛大に放出し、鼻にかかる声でアシュリーは思いを言付けた。最後のワードに、リュシェルの表情が一瞬凍る。


 確かに、何もかも知る必要がないと判断したのは間違っていない。リュシェルは馬車の荷台に座るアシュリーの手を両手で包みながら、何度も頷いた。それしか出来なかった。


 ジェインが握る手綱の先で、馬がひと声あげる。それを合図に、馬車はゆっくりと動き出す。


「アシュリー! アシュリー! 元気で、元気でね」


「おばさんも。元気でいてね」


 二人の乗る馬車が見えなくなっても、リュシェルはその場に佇んでいた。


「ごめんよ、アシュリー……おばさんを、許さないでね……」


 リュシェルのその声は、誰にも届かない。




『ウォルターの弟子、あんたに似てるわ』


 少しの間黙っていたカティアが、もういいだろうと思ったのかジェインに言った。


「弟子の弟子は弟子だからだろ。弟子は師匠に似るもんだ」


 早口言葉のようなことを言って、にやりと笑みを浮かべた。


『やだ、それって災難』


 音階(キー)の高い笑い声がジェインの頭の中を占める。


 リュシェルの雑貨屋を出て、換金所のある建物が見え、すぐに守護隊の大きな建物が現れた。すれ違う人々は皆やることが多すぎて、小さな馬車が通り過ぎることになんの関心も寄せなかった。


 何事もなく、馬車は四つのうちのひとつである、その中でもひと際大きなゲートに到着した。


 今回の事件の余波か、片側だけが開いている。


「おはようございます。お出かけですか?」


 馬車のスピードを落とすと、若い隊士が声をかけてきた。曖昧に頷き、ゆっくりと止まるように見せかけ、しかし、そのまま馬を歩かせ進む。


「ご存じでしょうが先日の件がありますので、くれぐれもお気をつけて」


 並ぶように歩いてかけてくれた隊士の気遣いに、ジェインはにこりと微笑んだ。フードの下から垣間見えたとびきりの美しさに、隊士がぴしりと硬直した。


『なに置き土産的に被害者だしてるのよ』


 ははは、と笑ったジェインは、馬を走らせる。ゲートをくぐり抜けた次の瞬間、後ろの荷台に座るアシュリーを大きな声で呼んだ。


「アシュリー、振り返れ!」


「え?」


 咄嗟に言われるがまま振り返るアシュリー。


「……あ!!」


 片側だけ開いたゲート。閉まったままの扉の外で熱心に手を振る()()


「お、おじ、おじさん!!」


 あまりのことに、揺れる馬車に体も揺れながら、アシュリーは荷台の縁に手をかけて、身を乗り出していた。


「アシュリー! アシュリー!! 元気で、元気でいるんだぞ!」


 ゴーシュの声が、馬車の車輪の音を不思議と躱して二人の耳に届く。アシュリーは長い髪を風に翻し、どこから出るのかと言うほどの声量で応えた。


「おじさーん! ありがとう。今まで、ありがとう!」


 見る間に遠く豆粒のように小さくなっていくゴーシュに、アシュリーは何度も繰り返し礼を言い続けた。どれだけ述べても、礼の言葉を尽くしていないかのように。


『あんたも意地悪ね。ゴーシュのこと、なんで雑貨屋に言わなかったのよ』


「弟子の不始末は師匠の責任。だけど仕置きは必要だろ」


『あんたも大分非常識なくせに、変なとこで教育熱心なんだから』


 馬車は走る。風と共に。


 荷台のアシュリーは点になったゴーシュへ向けて、まだ力いっぱいに手を振り続けていた。


『あれね、きっと今、ゴーシュの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだわね』


 手綱を握りながらその様を思い浮かべたのか、ジェインが破顔する。キラッキラの笑顔で高らかに声を上げた。


「ああ! 間違いない!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ