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第八話 思惑

 守護隊は、侵入した化け物が大型の魔獣で、この国の周囲の国々でも近年稀にみる大きさであったこと、隣国との国境に繋がる方のゲートを破り街へと入ったということで、隣国との国境を越えてこの国に入り込んだものとみるのが妥当だと考えた。


 当時このゲートにも当然守護隊が詰めていたが、魔獣は守護隊やそこにいた人々を弾き飛ばしただけで見向きもせず、あっという間に駆け去り、残された彼らは慌てて本部へ伝令を飛ばすと同時に、自分達もゲートを閉じて後を追ったのだという。


 まるで何か目標があるかのようであった──。


 これは、後に書かれた報告書の最後の一文に書いてあったものである。

 

「もういいのか?」


 店の手伝いをしようと降りてきたアシュリーに開店の準備をしていたゴーシュが少し驚いて声をかけた。振り返るとタオルで手を拭きながら立っているゴーシュの薄茶色の目が、アシュリーを心配そうに見ていた。


「あ、ゴーシュおじさん。うん、大丈夫。あの、ごめんなさい、心配かけて」


 ゴーシュは溜息をついた。


「今日は手伝わなくていい。部屋で休んでろ」


 おじさんの固い表情にアシュリーははっとした。


 やっぱり、もうお使いに出してもらえないのかも。いや、それは困る。


 アシュリーの顔からさっと血の気が引いた。なんの変哲もない退屈な毎日の、小さな楽しみ。アシュリーにとって、それがおかみさんの冒険譚を聞くことだった。本当にどんなに心待ちにして毎日を過ごしているか。行かせてもらえなくなっても遊びに行けばいいのだろうが、果たしてそういう状況で外出させてもらえるのか。いや、当分はそれもさせてはくれまい。


 おじさんは自分たち姉弟をとても大事にしてくれていた。それは血の繋がりがないと忘れてしまうほど。時々過保護な気もしたけれど、おじさんが辿ってきたことを考えれば仕方のないことで、愛されているとしか思えないから二人とも特には気にしていなかった。だが、外出禁止だけは受け入れられない。


 まだそうとは決められてもいないのに、アシュリーの脳内妄想は更に続く。


 そうだ、リオを言いくるめられたのだから、きっとおじさんもいけるはず。なんということもない。今日の出来事が私にとって取るに足らないことだった、ということにしてしまえばいいのだ! 些細な出来事、小さな事故、そもそもこの街でああいうのが次に起きるか? いや、ない、ないない。そうだこれだ、そう言うんだ。


 頭を高速回転させて答えを弾きだしたアシュリーは、努めて平気そうな顔で言った。


「ううん、手伝うわ。怪我と言っても転んだ時の擦り傷と打ち身くらいだし、それもおかみさんが治療してくれてるみたいでもう大丈夫。お昼寝……いや、えっとお夕寝、は違うか。そう! ひと眠りしたからもういつも通りだよ!」

 

 決して、魔獣のせいで気を失ったと言ってはいけない。

 いつもは客で賑わう店内にひとり、あはは、とアシュリーの乾いた笑いが響く。ゴーシュはここで宿と定食屋を営んでおり、店で使う雑貨や食品などをリュシェルの店から購入していた。数名の従業員がいるが、勿論アシュリーも手伝っていた。


「えっと、それで……あの! 心配かけてごめんなさい! でもね大きな怪我もしなかったし、本当に平気なんだ。だからおじさんお願い! おかみさんのところのお使いだけはいつものように行かせてくださいっ」


 先手必勝。がばっと腰を折り、深々とお辞儀をしながらもの凄い早口で一気に喋った。床の上に立つ自分の足を見ながら、アシュリーはおじさんから声をかけられるのを待つ。沈黙は空気を重くする。耐えられず、もじもじと手と足がうずうずしだしたところで、はぁ~っと大きな大きなため息が聞こえた。


「……分かった、分かった」


 アシュリーはぱっと顔を上げた。

 がしがしと頭の後ろを掻きながら、おじさんは眉を寄せて納得してそうなしてなさそうな、微妙な顔をしていた。


「その件はリュシェルさんにも頼まれているしな。その代わり、今回だけだ。今度帰りの時間に遅れたらもう別のやつに行かせるぞ」


 次はダメだと念を押したつもりが、高揚した頬にきらきらな琥珀色の二つの瞳、結んだ口の上がりまくった口角のアシュリーを見て、ゴーシュは本当に暫く外出禁止にしなくても大丈夫だったかどうか、疑念しか沸かなかった。それを振り払うように数回、頭を小さく左右に動かした。


「それより、リュシェルさんには診てもらったが、本当に体は大丈夫なのか? もしかしてどこか痛むところがありはしないか?」


「全然! 大丈夫よ、怪我といってもほんとにちょっと擦りむいてたくらいだから」


 真剣な眼差しでゴーシュはアシュリーを見た。元冒険者のリュシェルはある程度の怪我なら診ることができた。多くの知識を持ち医者のように薬も使えた。はっきり言ってなぜ雑貨屋のおかみに納まっているのか謎の多い人物だったが、さっぱりとした性格で商売人らしく愛想もよく何年も取引を重ねており、信頼できた。

 

 そのリュシェルからアシュリーには転んだ時にできた打ち身と、幾つかの細かな擦り傷くらいしか怪我はなかったと聞かされていた。むしろ体の怪我よりも心の方が傷ついたはずだ、と注意も受けている。初めて魔獣と相まみえるなどという恐ろしい体験をしたのだ。大人でも心に傷が残りそうなもの。若い娘なら尚更、あとで十分なフォローが必要なはずだろう。だが、今回の事はイレギュラーでもある。これから度々ゲートを破ってあんな魔獣が出るとは考えにくく、大層楽しみにしてくれているお使いを辞めさせて家に閉じ込めるよりも、今まで通り続けさせてやる方がいいだろう、と。

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