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第八十八話 ゴーシュの過去(2)

 二人の子供はしっかりと男に抱きついて、大きな瞳にいっぱいの涙を浮かべている。男は困ったような瞳で二人を抱きしめた。


「……少しだけ、少しだけ待ってもらえませんか。この子たちを寝かしつけてきますから」 


その様子を見ていたリュシェルに、男はぎゅっと二人を抱きしめたまま言った。


「……ああ、分かった。そうするといい」


 目の前の光景には、そう答えるしかなかった。




「ゴーシュが逃げ出すことも考えはしたが、なんとなく子供たちは置いていかないだろう、って……ただの勘なんだけどさ」


 リュシェルの言葉通り、少し経ってゴーシュは二人の子供を寝かしつけて戻ってきたという。




「あの二人は? その身体の縁者かい?」


「いいえ、あの子たちは旅の途中で出会ったんです。魔物に襲撃された村の生き残りです。……この体の持ち主は、私の主ですよ」


 結局リュシェルは何故か男と二人、テーブルを挟んでお茶を飲んでいた。


 殺意が削がれた、悪意を感じられなかった、いつでも狩れる、色々と言い訳を自分にした形である。


 この男はゴーシュと名乗り、二人の子供は滅んだばかりの村で偶然に出会ったのだと言った。その村での生き残りはあの子たちだけだったそうだ。


「この身体に入る前は、私はこの人が連れていた銀狼(シルバーウルフ)でした。私たちは長い間二人で生きてきたのです」


 主が子供の頃に出会い、それからずっと一緒だったのだとぽつりぽつりと話すゴーシュ。


「私は生来、生きものの体を横取りすることもできない、いわゆる欠陥種で……。勿論人に入ることも望んでいませんでした」


「でも今は入っているじゃないか」


「はは、そうですね。……あの日、私は無力で……」


 ゴーシュは力なく笑った。


 リュシェルはじっとゴーシュを見詰め、話の続きを促した。促されたゴーシュが、ゆっくりと言葉を紡いでいく。



────料理人だった元々の体の主は、たまに自分でも食材を探して川や森へ出掛けることがあった。その日も、そんないつもの一日になるはずだった。


 魔獣がでる区域からは少し離れている川で、旬の魚を取ろうと向かった。そんなに深くない川に足を入れ、仕掛けをしていた時だった。

 

 一匹の青い狼が川上に現れた。


 いるのに気が付いた時には、もうぐるりと囲まれていた。青狼(ブルーウルフ)は群れで行動する。


 沢山の青狼がじりじりと近づき、銀狼だったゴーシュは口火を切った青狼を返り討ちにした。そこからは二人とも必死で闘った。主が傷つけられないように、一心不乱で青い狼を自らの牙や爪で引き裂き続けた。


 正確な時間は覚えていない。血だらけでふらふらになりながら、逃げていく青狼が視界の端に映った。目の前の川には死んで横たわる多くの青狼が浮かんでいるのを見た。


 やっと終わったと、主を探した。ぐるり一周見回してみる。いつものように商売道具の包丁を振り回していたのは見ていた。


 汚した包丁を洗っているのだろうか?


 それとも疲れて、何かの陰にでも隠れているのだろうか?


 あちこち探して、見つけたのは────。



「服が血で赤く染まった主が、川べりに横たわった姿でした」



────慌てて引っ張り上げたものの、狼に出来ることなどそれで終わりだ。

 医者を呼んで来なければと考えるが、狼の意図など誰が分かってくれるだろうか────。



「情けない声しか出せない役立たずだった私に、主は信じられないことを言いました」

 ゴーシュの目が過去を見て(うる)む。



────「……なあ……私の、体を……も、貰って、く、くれないか」


 赤く染まった手を私の方へ動かすような仕草で、主はそう呟いた。細切れで聴きとりづらいものだったが、間違うにははっきりとし過ぎていた。


「きみは、シロン……シロンの中に、いる、きみ……」────



「銀狼はシロンと呼ばれていました。昔、彼女は主を救うために命を落とした。私はその亡骸に入らせてもらっていたのです。主は、それに気付いていた」


 自分は体の持ち主が天へ還ったあとの亡骸だけを渡っていたのだと、命あるうちには渡らないのだと。


 目の前のシェイプシフターから聞かされたリュシェルは、それが真実であると何故か疑わなかった。




「とりあえずあんなに慕われているやつを問答無用で始末するのは違う気がしてね。ほら、子供は真実を見抜くっていうだろ? だから暫く様子を見ることにしたんだ。それが今でも続いていたって話さ。これだけは言える。ゴーシュは、あいつは、他のやつらとは違うんだよ。」


 弟分を同種に殺されたはずのリュシェルが、隠し庇うほどのゴーシュ。


「だから、教えなかったんだ。あいつのことは見逃して欲しくて。あいつは誰も手にかけちゃいないんだ。罪は犯していないんだよ」


 リュシェルがジェインを(すが)るような目で見ていた。


「そんな目で見られても、決定は覆さない」


「そうだね……全くあたしも耄碌(もうろく)したもんだ。何故この話を今になってしたのかね。あたしが間違ってた。ジェインさんにはもっと前に話すべきだったんだ。すまなかった、ゴーシュ、すまない……すまない……アシュリー、リオ」

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