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第八十七話 ゴーシュの過去

前話を公開後、少し書き換えています。公開直後にご覧いただいていたら、戻ってお読みいただくと話が続きます。お時間いただきますが、よろしくお願いします。

「ええっと、そうだね、他にも言っておきたかったことが確か……」


 どんな知識もこの先アシュリーが遭遇する現実に足るとは思えなかった。自分が知るあらゆることを伝えたいが、実際にそういう訳にもいかず、何を伝えておくのが正解なのだろうか。


 選択しているようで、実はもっと他に優先すべきものを教えていないかもしれない。


 リュシェルがこれ以上何を話せばアシュリーの助けになるのか分からなくなったとき、店の外で馬の(いなな)きが聞こえた。


「ジェインさん」


 少しして店の入り口に顔を見せたジェインは、いつにも増して整い過ぎた仏頂面だった。(みどり)の瞳でちらりとリュシェルを一瞥(いちべつ)すると、挨拶もなくアシュリーに話しかけた。


「もう済んだ?」


「あ……」


 その場にやっと立っているように見えるアシュリーが、乾いた唇を少しだけ動かした。


「アシュリー、少しの間そこの椅子に座って待っていてくれるかい」


 ジェインが口を開く前に、先にリュシェルが部屋の隅にある椅子を指しながら、言った。


「ちょっとジェインさんに渡したいものとかあってね」


 ジェインの眉が、ピクリと動いた。


 アシュリーはこくんと頷くと、力が抜けたようにふらつく体をゆっくりと椅子へと向けた。


 手を引いて椅子に座らせたリュシェルは、アシュリーに用意していたらしい袋をその手に握らせた。


「中を見て、もっと欲しかったら言うんだよ」


 こくんと頷くアシュリー。

 

 リュシェルはよいしょと体を起こし、アシュリーに向けていた視線を今度は入り口に立つ絶世の剣士に向ける。


「じゃあ、ジェインさん。すまないが、ちょっといいかい?」


 くいっと人差し指を動かして、リュシェルは奥の倉庫へとジェインを誘った。




「さて」


 倉庫の中に入り、扉を少しだけ開けた状態で、リュシェルは振り返った。


「あたしに言いたいことがあるはずだ」


「……いや、別に」


 ジェインはリュシェルと交わしていた視線をするりと外した。


「そうかい? あたしはジェインさんに詰められても仕方ないと覚悟してここに誘ったんだけどね」


「ふっ」


 ジェインから思わず零れたのは、溜息ではなく微かな笑みだった。


「あたしのような目を持たなくても、きっとジェインさんには隠し通せないと思っていたんだ。まあ、あわよくばの期待はほんの少しあったのも否定はしないけどね」


 リュシェルはふうっと息を吐いた。


「それで……その、ゴーシュは?」


 ジェインは口を開かなかった。


「分かっているんだよ。危険を避けるためには例外なんて出してはいけないって。でも、あいつは、ゴーシュだけは違うんだよ」


 腕を組んで壁に寄りかかるジェイン。


 リュシェルはそれを自分の話を聞いてくれるのだと判断したのか、ぽつりと語りだした。


「あいつに初めて会ったのは、もう十年以上前でね。新しく宿を始める男だと商会長に連れられて、あたしら商店主に挨拶に来たんだ。あたしは新しく誰かがこの街に来たと知った時は、必ずこの目を使うようにしていたからね。当然すぐに正体が分かった。それでその晩、あいつのことを狩るつもりで店に行ったら……そうしたら、アシュリーとリオ、あの子たちがいたんだ」




「おばたん、だあれ」


 リュシェルはどきりとして振り返った。小さな可愛い女の子が、それより小さな男の子と手を繋いで首を傾げていた。振り上げた刃の落ろしどころが分からなくなる。


「アシュリー! 向こうに行っているんだ」


 今まさに掻き切ろうとした首が焦ったように声を出す。


「おまえ、子供まで利用していたのかい」


 怒りが湧き出すのを感じながら、リュシェルはギロリとその男を見た。


 体格がよく、しっかりとした造りの人間に入るのが、子供まで使う卑怯で軟弱な希少種(シェイプシフター)なのかとそのギャップにまた腹が立つ。


 どうせ自分との違いに価値をつけ、本人に断りもなく滑り込んだのだろう。


「やっぱり身勝手な生き物だ」


 だが、子どもの前での殺生は幾ら大雑把なリュシェルでもいくらか(はばか)られるのだろう。この場をどうするか暫し思案し、子供二人にかける言葉を探した。


「やめて! おじたんをいじめないで!!」


 リュシェルが話す前に、小さな二人が走ってきた。振り上げた刃物が怖くないのか、二人左右に分かれてそれぞれリュシェルの手と足にしがみつく。


「こら! おまえたち、危ないから! やめなさい!」


 リュシェルの下の魔物が、首元を引っ掴まれ喉を差し出すような体勢のままで、慌てて幼い二人へ言葉を飛ばす。


「はなちて、はなちて!」

「んー、んー!」


 リュシェルはぽこぽこと可愛らしい手で何度も叩かれた。


 勿論、全く体にダメージはない。ないが。


「あー、はいはい。悪かった、悪かった」


 両の掌を顔の前にあげ、リュシェルは降参してみせた。


 ぱっと手を離された男は、そのまま後ろにどさっと倒れ込んだ。リュシェルを攻撃していた子供たちが、げほげほと咳をする男にさっと駆け寄る。


「ごほっ、ごほごほっ。……こら、なんで寝ていないんだ。良い子は寝ている時間だぞ」


「いたない? おじたん、いたいのない?」

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