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第八十六話 旅の始まり

1月24日修正しています。

リュシェルとアシュリーが対面している辺りです。

「アシュリー」


 その部屋は、小さな子供用の部屋だった。何もかもがまさに、部屋の主に合わせた調度品。


 子供用のベッドの脇に、椅子ではなく床に座る影がある。


「アシュリー」


 ジェインはもう一度名前を呼んだ。


 もそり、と影が反応する。頭を足の間に伏せるようにしていたアシュリーが、ふるりと震える。反応を得たことで、ジェインがそっと中へと入った。


 手にしていたトレイをアシュリーが座る横の小さなベッドサイドテーブルに載せると、ふわりと温かい湯気が香りを伴って上がる。


「何も食べていないと聞いたよ」


 静かな声に優しさを感じたのか、アシュリーがもう一度僅かに動いた。ジェインは(うずくま)るアシュリーの前に膝をつき、そっと彼女の頭を撫でた。


 ふるふると体が震え、泣き声が漏れ聞こえる。アシュリーは声を抑えて泣いていた。


「泣くなとは言わない。だが悲しむためにも食事はするんだ」


 撫でられたことで思わずなのか、アシュリーは寄り添うジェインの腕にぎゅっと(すが)りついた。


「お、おじさ……作って、く、くれた」


 ジェインが持ってきた料理のことか、ちらりとテーブルに載ったそれを視界に入れると、アシュリーが涙を流し、しゃくりあげながら言った。


「ああ」


 アシュリーの瞳にはまたも新たな涙が溜まり、すぐに溢れてを繰り返し両頬に痕を残していく。幾つも、幾つも。


「わ、私のせいっ、だなんて」


 ジェインの腕を掴み、だがジェインを見ているわけではなく、どこを見ているのか、わなわなと震えて呟く。アシュリーが大きな涙の粒を、その瞳からぽろぽろと溢れさせる。


 その姿に、かけたジェインの声はとても静かで悲しげだった。


「やはり……聞いていたんだね」


 ジェインはアシュリーの体をぎゅっと抱きしめた。


『この子の間の悪いこと』


 知らずにいられたのに、と続くカティアの呟きを聞きながら、ジェインはアシュリーを抱く手に少し力を込めた。


「本当に、本当に私が、私が」


 今回の件は、アシュリーがいなかったら間違いなく訪れない一日だったろう。だが、アシュリーのせいだと断じるのもまた違うともいえる。


「いいや、こんな特別を()()()のが悪いんだ」


 ジェインは憎々しげに空を見詰め、そう呟いた。だがその言葉は心の底から悲しみに暮れるアシュリーには、最初の否定したあたりしか届かなかった。


「なぐ、慰めないで……私が、リオ……おじ、おじさんを……」


 すぐに受け入れるのは難しいだろう。ひくひくと体を揺らしては頭を抱えてぶつぶつと言いながら泣き続けるアシュリー。


 今のジェインに出来ることは、ただ髪を撫でてやることだけだった。


 暫くぶつぶつと自分を責めていたアシュリーは、泣き疲れたのか、または極度の精神的ショックによるものか、ジェインの腕の中で意識を失った。


 すぐにスースーと規則正しい呼吸音が聞こえ始め、ジェインはほっと息をつく。腕の中でのアシュリーは、時折ひくっとしゃくりあげては体を震わせた。


 ジェインはアシュリーを抱きかかえ、目の前にあるベッドへとそっと横たえた。そのベッドはアシュリーには少し小さかった。


 ジェインは腰の剣を鞘ごと引き抜き前に抱えるようにして、入り口ドアの横の壁に背をつけて座った。


「換金所は何時に開くかな……」


『そうねぇ、まあいい感じに起こしてあげるわよ』


 ん、と短く頷いて、ジェインの一日は漸く終了した。



────



 商店街の朝が早いのはいつものことだった。


 だが今日だけは、同じ理由ではなかった。今回の襲撃で犠牲になった人たちの合同葬儀が午後から開催されるのだ。


 会場の設営もあるが、メインの道くらいは不可なく歩けるようにしようと、瓦礫や破損箇所などを突貫で工事するのに多くの人が手を貸していた。皆、無駄話などせずにただ黙々と動いていた。


 リュシェルの雑貨屋があるのもその辺りだが、方角的に葬儀会場から墓地へ行くのには使われない場所だった。それ故、店の前のダメになった箇所は当然後回しになっており、客や通行人が足を取られないようガタガタの舗装に大きめの板を敷いて応急処置としていた。


「……アシュリー」


 優しい光を湛えた瞳で、リュシェルは憔悴したアシュリーを見詰めた。目は真っ赤に充血し、赤い鼻とやつれた顔に少女が事実を知ったのだと推測できた。


 リュシェルはアシュリーを抱き寄せ、そのままぎゅうっと抱きしめた。


「すまないね。何もしてやれなくて……」


 返事の代わりに、腕の中の少女は頭を二、三度振った。その仕草に、リュシェルは堪えていたものがぐっとせり上がってきて、声を詰まらせた。


 アシュリーがリュシェルの腕に埋もれながら、自らの両手で力なく彼女を抱きしめ返す。

 

 短い言葉すら交わさずに、ただ二人、ぎゅっと抱きしめ合った。


 暫くしてリュシェルは旅立とうとしている少女へ、この先困ることが極力ないようにと、様々な知恵を与え始めた。


 それはいつものお楽しみの冒険譚を聞かせているようだった。だが、数日前に話した〝荷物は放り投げるべし〟と聞いた時のアシュリーの笑った顔と今がとても違い過ぎて、リュシェルの声は時折、涙声になっていた。

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