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第七十九話 返報(2)

「え、そんな貴重なの、いいの?」


 一気に飲み干したくせに、今更ながらに遠慮してみせる。目はきらきらと美味しいものに輝かせながら。その様子に、リュシェルの顔の強張(こわば)りが少し緩んだ。


「ああ、あんたはあたしの、いやここの住人全部の命の恩人だ。これこそ、大事なときだろ? 遠慮しないで飲んでおくれ」


「そんな大したことしてないけど……仕事だし」


 もごもごと口ごもり、バツが悪そうに返事をするジェインにリュシェルはまた言葉をかけた。


「いや、正直今回、あんたがいなかったらと思うとぞっとするよ。()()()()()()()()()()、来てもらって助かった」


 ジェインの手が、あと少しでグラスを口に持っていくというところでピタリと止まった。


『あら』


 カティアの声を頭に、そのまま視線をリュシェルへ向ける。


「……何かあるんじゃないかい?」


 リュシェルは真っすぐにジェインの碧玉の瞳を見ながら言った。その真剣な顔に、ジェインはグラスをテーブルに戻した。


 それから自分の身体をまさぐり始めると、ズボンのポケット辺りで手を止め、そこからおもむろに何かを取り出した。


 拳をリュシェルの前にすっと差し出す。


「なんだい?」


 ジェインは拳をひっくり返し、順に指をゆっくりと開いていく。


「……こいつは!」


 リュシェルの顔色がサッと変わった。


 ジェインの白く美しい人形のような掌の上に、(いびつ)な石が載っていた。それは灰色のくすんだ()りガラスのような石で、ジェインの親指の爪よりもふた回りほどの大きさだった。


「お察しの通り」


 ジェインは短く答えて、(てのひら)のそれをリュシェルに受け取るように促した。


 しかし、彼女はなかなか受け取らない。


 ふと顔を見れば、解剖室と月花亭の前で見た、あの表情をしていた。仇を前にした顔、いや、それを超えた形相にカティアのごくりと喉?を鳴らす音がジェインに聴こえた。


「……これがヤツの核、なんだね?」


 魔物を(たお)すと、体の中から見つかる石。


 これが所謂(いわゆる)ヤツらの命の源、すなわち核だろうと考えられている。この石は種族によっても、また力の強弱や生きた年数によっても変わり、様々な色と形をしているらしい。上級ともなれば、研磨せずともに輝く手間いらずの宝石のようだといわれている。


 引き換え、ジェインの滑らかな肌の上に居座るその石は、決して均一とはいえず、透明度もなく、魔物の核のなかでは生まれたばかりといっても差し支えないことを示していた。


「あの渡りの下手くそさから若いとは思っていたけど、ま、案の定そんな感じだったというわけ。はい」


 再度手に取るように催促する。


 (ようや)くリュシェルは、自分の手をジェインの方へと差し出した。ころりとジェインからリュシェルへ移動するシェイプシフターの核。


 リュシェルはなんともいえない目で一頻(ひとしき)りじっと見つめ、ふいと視線を外した。それから大きく息を吐くと、ジェインへその手を突き出した。


「見せてくれてありがとうよ」


「返さなくていい。それはあんたのだ」


 ジェインは両手を胸辺りに上げて、振ってみせた。


「はい? 何だって? これは魔石だよ?」


 理解できないと顔にだし、リュシェルは言った。


 確かに、魔石があればその魔物を討伐した証明になる。

 【静かなる崩壊】と異名をもつ魔物のものなのだ。賞金は果たして幾らであるのか、かなりのものであろうことは明白だ。それを、()()()()()()()ジェインが、リュシェルに渡すというのだ。


「あんたが追っていたのもこいつじゃないのかい? それに、シェイプシフターの賞金だよ? 一体幾らになるか、想像もつかない額じゃないのかい」


「んー、そうかな。そうかもね」


 両腕を前で組んで知っているくせに知らない風に曖昧な返事をしながら、ジェインは続けた。


「だってあんた、敵、討ちたいだろ」


 ジェインの手に戻そうとしていたリュシェルがぴたりと止まった。


「……討たせて、くれるのかい」


 差し出そうとした両手の間に顔を伏せて、両の掌に仇の魔石を載せたまま、リュシェルの肩は震えた。声までも震わせながら問われる問いに、ジェインは短く答えた。


「ああ」


『……これは私もあんた押しよ』


 カティアも賛同の声をあげる。


「ほら、あとこれ、貸してあげる」


 そういうとジェインはチュニックのベルトからすっと剣を抜いた。


『あ、ちょっ、これは聞いてない』


 美しい彫刻が全体に(ほどこ)された銀に煌めく剣が、抗議する。


「あんたの剣は折っちまったからね」


「はは、確かに」


 ジェインに叩き折られたあの飾り剣は、今は店のカウンターの下で無残な姿のまま箱に突っ込まれていた。


『ちょっと、あんた以外に私は使えないのよ?!』


 焦った口調で剣が騒ぐが、ジェインは素知らぬ顔で立ち上がった。

 リュシェルも立ち上がる。


「ほら」


 床に核を置き、立ち上がったリュシェルに剣を差し出すジェイン。リュシェルは受け取り、両手で柄を握りしめた。


『ねぇ! 使()()()()んだってば。ジェイン! 忘れた? この子には斬れない。()()()()()()()()()()()()()()()()()??』

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