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第七十八話 返報(1)

『また見たのね』


「ん」


 言いながら、ジェインはテーブルの瓶を幾つか振った。昨日飲み過ぎたせいか、どの瓶も空だった。


『どこ行くの』


 まだ日は明けていない。暗い部屋の中、テーブルに載せたランプを手探りして見つける。


「水」


 ジェインはひと言だけ呟くと、火を灯したランプを手に部屋を出た。


『やっぱり思い出したか』


 小さく小さく囁くようなカティアの声を、聞こえないふりして廊下を歩く。


 真夜中らしく、廊下は暗かった。だが、階下が仄かに明るい。吹き抜けの階段から洩れる光りに釣られでもするように、ジェインは階段を下りていった。


「あ」


 調理場の椅子に、ぼんやりと背を丸めてゴーシュが座っていた。すぐにジェインに気付くと、短い声をだした。


「ジェインさん……あの、どうかしましたか」


「ああ、水をもらおうと思ってね」


 言いながら、ランプを調理台へ置いた。


「足りなかったですか、すみません」


 ゴーシュは慌てて立ち上がり、棚へ向かうとコップを取り出した。


「あー……残念、だったね」


 水を注いでくれているゴーシュの背中に、気の()いた言葉のひとつも出てこないジェインが、詰まりながら言った。


 慰めるのは苦手だった。


 一瞬だけ手を止めたゴーシュの背中が微かに震える。


「はい……ありがとうございます……どうぞ」


 ジェインの前に水を入れたコップを置くと、ゴーシュは元居た椅子に戻り、再び座りなおした。


 客と話をしようとしていない態度であることは、ジェインにも理解できた。


 本当は守護隊に預けられているあの子の傍を、彼らは離れたくなかっただろう。だが、遺族全員が傍につくこともできないのもまた事実。


 誰かを特別扱いにすることはできない。


 ジェインはそれ以上何も言わずに、コップと灯りを手に、静かにその場を後に部屋へと戻った。



「寝てればいいのに」


 リュシェルはふいに掛けられた声の方へ顔を向けた。


 やる気がなさそうに気怠げな、それでいてその姿を見た側には活力を与える容姿の持ち主に、リュシェルは「ああ」と眩しそうに目を細めた。


 ここはグラインの姿だったシェイプシフターとの闘いで、ぐちゃぐちゃになったリュシェルの店の倉庫だった。


「何回か声をかけたんだけど」


 勝手に入ってきてはいないからと言い訳のように言うジェインに、店主は小さく笑った。


「あんたはこの街を救ってくれたんだ。今更、無断で入ってきたとかそんなことであたしが怒るもんか」


「あ、そ?」


 ジェインは、こそばゆそうにすっと頬に朱を混じらせて、片手で漆黒の髪ごと頭をがしがしと掻いた。


「で、身体は?」


 ごちゃごちゃになった棚の品をひとつ手に取りながら、ジェインは尋ねた。


「大丈夫かって? なんだい、本当にいい子だね。気になって見に来てくれたのか」


 ははは、とリュシェルは笑顔になった。


 ジェインの前に立ち、彼女は手や足を軽く動かして見せた。


「おかげさまで、この通りだよ。なんせ大分手加減してもらったようだからね」


「あー、そうだっけ」


 そんなの知らないとでも言いたげなジェインのとぼけた仕草に、リュシェルがまた笑う。ひとしきり笑った後で、リュシェルはジェインに訊ねた。


「それで、あの二人は……?」


 今度は別の商品に気を取られていたジェインが、それを手にとりまじまじと見る。


「……店主のおじさんは仕事してたかな」


「ゴーシュ……まだ日も経たないのに……」


 ことん、と棚に戻した。


「いや、それはあんたも同じだけど?」


 う、と声に詰まり、リュシェルは苦笑いした。


「そうさね、ゴーシュの気持ちも分かるよ。こういう時は体を動かしていた方がマシなのさ」


 前掛けで両手を拭い、リュシェルはジェインを店の奥へ促した。


「それで、アシュリーの方は」


「……アシュリーは」


 通された部屋は少し狭かったが、テーブルにソファと人と話すのに必要なものは揃っていた。


 売り物のような綺麗な細工のグラスと年季の入った瓶を手にしたリュシェルが、ジェインの前にそれを並べながら言った。


 今朝もまだアシュリーは部屋から出てこない。


「弟の部屋から出てこない」


 がちゃん、と瓶とグラスがぶつかった。持ち上げただけでまだ注ぎ始めていなかったから、音がしただけだ。ジェインがリュシェルから瓶をもらって、代わりに注ぐ。


「アシュリー……」


 目を閉じて、ぐっと堪えるような仕草のリュシェルをチラ見し、ジェインは注ぎおえたリュシェルのグラスをそっと彼女の前に置いた。そうして自分の分のグラスを口に、中身を一気に飲み干した。


「ぷはーっ」


「……ふふ、美味いかい?」


 空になったばかりのジェインのグラスに、今度は震えずにリュシェルが綺麗な赤い液体を注ぐ。光の具合か端が少し黄金にも見える。


「これ、いい酒だね」


「お、分かるかい? そうさ、これはリュシェルさんとっておきの秘蔵の酒さ。大事な時のために寝かせてあったんだ」

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