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第七十四話 白銀の炎舞

 【祝福の血】

 この場合祝福とは、()()()()()()、を意味する。


 ひとたび口にすれば、魔と名づくものに素晴らしき強大な力を与えるという、魔族垂涎の幻の存在。


 その香りは人には平凡で何らの違いもなく、どこかで区別ができるものではない。しかし魔とつくものには明らかで、その芳香は(かぐわ)しく(あらが)(がた)い甘美な誘いに満ちたものであるという。


 それは細く長く、たなびくように流れ、その香りの及ぶ範囲で魔物を呼ぶ。


 即ち、アシュリーが【祝福の血】をもつ者であるならば、この街は既に何度も魔物の襲撃を受けていなくてはおかしいのだ。


 だが、今日までその()()()()()


「それはそうさ。あの娘は最近目醒(めざ)めたようだからな!」


 ジェインはジミールの台詞(せりふ)の続きを黙って聞いた。


「街を見渡せばすぐ分かる。ここは何年も魔物の侵入など許していない。あの娘は()()()()()()()()()()()()()()、だ。なら意味するところはそれしかないじゃないか」


『間抜けなくせに、そういうとこだけ目端(めはし)が利くというかなんというか』


 褒めているのか馬鹿にしているのか、カティアの、ふーんという声に続いての台詞にはジェインも同意だった。


「バカな青狼(ブルーウルフ)どもは消えた祝福の血の匂いを、その持ち主を探して右往左往としていたんだろう。は! 笑えるな。街に入ってからの強い香りがピタリと消えて、さぞかし困ったに違いない」


 まるでそこに青狼どもがいるかのように、ジミールは(さげす)んで笑った。


「小さな頭の中身は相応に少なくて、まともに考えることも出来ないんだ。私だけが貴重なハンカチを手に入れて、血の主が誰か知っているという事実も知らず」


 頬をぴくぴくとひくつかせ、どこか優越感にでも浸っているような物言いだった。


「なるほど。ではアシュリーが【祝福の血】の持ち主ということは、今や()()()()()()()ということで間違いないか」


 確認するかのような口調に、ジミールはひと(すく)いの疑念も抱かなかった。


「どういう訳か、今は匂いが全くしないからな。惹かれてきたハルピュイアも青狼もおまえが(ほふ)ってしまったのなら、そうさ。私だけが知る奇跡! 私だけが力を手に入れる!!」


 恍惚(こうこつ)な表情でシェイプシフター・ジミールは、()()()()()()()()ひと言をぶちまけた。今自分が誰と向かい合っているのか、この話の始まりはなんだったか、賞金稼ぎという職業が自分にとってどんなものなのか、すっぽりと記憶から抜け落ちてしまったようだ。


『んー、馬鹿の割合が九割くらいありそ』


 ジェインはこれ以上話を聞く必要が無いと判断し、新たな路銀確保に精を出すことにした。狭い部屋だ。一瞬で終わる。


「色々と話してもらってなんだけど」


 カティアの刀身をゆっくりと構える。何の武器も持たず、知恵も浅く、細い体で周りに闘いに使えそうな物があるわけでもない。逃げる経路はジェインが壊した、後ろの立て掛けただけの扉。


 そんな部屋で、最強の剣士が気にするところは何もない。


 ────はずだった。


「バカめ!」


 シェイプシフター・ジミールはキンキンと叫んだ。


「わざわざ私は! ()()()()()()()と言っただろう!」


 瞬間に立ち上がり、両手を広げた。カッと光ったのは、どちらだったか。


賞金稼ぎ(バウンティハンター)如きが! その身体は私こそが相応しい!!」


 ジミールの身体が銀色に輝いた。


 その毛穴という毛穴から染み出した銀色の何かが一斉に吹き出したのだ。穴という穴、目や耳や鼻、当然に口からも、更には全身の毛穴から。


 飛び出た銀の粒々が、まるで銀色の矢のようにジェイン目掛けて降り注ぐ。


「カティア!!」


 それは目を瞬く間の出来事。


 僅かに落とした腰、利き足にぐっと力を入れる。相棒の名を呼んだ後、振るう剣自体が白く灼熱の炎とともに燃えあがる。


 銀の矢が目前に迫り、ジェインは愛剣を下から上へ斜めに振り上げ、上げきった瞬間に下へ振り下ろした。その動きは凄まじく早く、例えるなら光の如く。


 銀の矢との剣舞が無観客の狭い舞台で披露される。残像か、幾つもの刃が空間を縦横無尽に残り(きら)めく。


 その太刀筋は降り注ぐ小さな銀の粒をひとつずつ()()き、そして瞬間に蒸発させた。まるで白銀に燃える鳳凰が翼を広げて舞うかのように、目映(まばゆ)く。


「ぎゃあああああああああ!!!」


 まさか雨粒のような自分を、すべて斬るとは考えられなかっただろう。その上、剣が燃えその炎に焼かれるとも。


 断末魔の声を部屋に充満させて、彼であった彼女の最後の一滴がこの世から消えた。シェイプシフターの器に成り果てたマニーの助手のジミールが、穴という穴のすべてを熱で焼かれて、黒くその場に崩れ落ちた。   


 ジェインは久しぶりに希少種「シェイプシフター」が、次代に渡る術を身をもって体験したのだ。


 ぬるりと忍び込むのが常であったにしては、今回は【祝福の血】を(わずか)かにでも摂取したことで少々手荒く、盛大ではあったが。


『お疲れ』


 カティアの剣身は先ほどより、ぼうっとした光に包まれていた。相変わらず、傷ひとつなく。


「あんたもね」

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