第七十三話 答え合わせ
「おまえは峠の途中で配達屋に渡った。配達屋になる前のは、あれは年取った女だったね。馬も連れず、あんな山に年寄りひとりで行くなんて、普通の人間はやらない」
ジミールは何も答えない。
「先回りしてでも、なんとしてでも、おまえはあの配達屋に渡りたかったんだ、そうだろ」
くくっ、とジミールの喉が鳴った。
ぐらりと首が動き、二、三度揺れるとジミールは顔を正面に向けた。
「ああ、あれはダメだった。すぐに動けなくなるから、色々と時間がかかり過ぎた」
唇が弧を描く。ジミールが笑いながら言った。
「もう判っているんだろう? 旅の剣士よ、おまえが言わせたいのは」
観念したのか、ジミールのその顔は、先ほどと同一人物とは思えなかった。人ではないと思わせる、その異様な瞳でジェインを見つめる。
「祝福の血、そうだろう?」
目の前に座り込んだ女の口から、その言葉は紡がれた。
『あ!』
カティアが短く驚いた。それから、あ~っと、長く続く。
『分かった。だからこんなにも沢山魔物が集まってきたのね』
「なぜ知った?」
考えていた通りの答えだったのか、ジェインは露とも驚かず、ジミールに次の質問をした。ジミールは何が可笑しいのか、しきりに肩を揺らす。
「聞いてどうする。教えたとて見逃がしてはくれるまい?」
顔を斜めに、目を上目遣いに、ジミールの表情はまさしく悪魔憑きのように禍々しいものだった。
「まぁね」
短く答えたジェインの手が、抜刀したままのカティアを握りしめる。
「粗方考え通りだと思うが、まあ、答え合わせというか、今後の参考にというか。いいじゃないか、その時間分、おまえの生が延びるんだ」
その瞬間、薄暗がりの室内に乾いた笑いが響いた。
「おかしなやつだ。それのどこがこちらの得になるというんだ。まったくおまえは何者だ。ただの美しい剣士ではあるまい?」
マニーの助手のジミールも、配達屋のグラインも、ジェインのことは知らなかったらしい。
「あぁ、もしかしておまえが巨大褐色狼を斃したという賞金稼ぎか」
ふと、記憶を辿れたのか、あらぬ方に視線をやったと思えば、シェイプシフターは短く数度頷いた。
「アタリといえばおまえも答えるか?」
「どうだろうね。あの褐色狼も青狼も、配達屋からの匂いを辿ってきたのは間違いないとだけ教えてやろう」
『死んだ配達屋が祝福の血持ちだったの?! ……あら、でもおかしいわね。ならこいつが簡単にここで跪いているわけない』
頭の中のカティアの考察を聞き流す。
「ハルピュイアの連中も、おまえもか?」
「一緒にするな!!」
突然大きな声でジミールは叫んだ。はぁはぁと肩で息を吐く。
「おまえは配達屋に渡ったから、違うと判っただけだろ」
『やっぱり違うの! じゃあ誰よ~。教えてよ~』
頭の中で降る声の疑問はすべて無視して、ジェインは目の前のシェイプシフター・ジミールと対峙した。
「ふん! そうだとしても、私の方が先にこの場を突き止めたんだ」
まるで幼い子供のような様子に、ジェインはちょっと考える素振りをした。
「いや、クインの方が先じゃないかな。あの子たちを連れ去ろうとしていたし」
導かれた結果に、猛然と食って掛かるが如く、噛みつきそうな勢いで唾を巻き散らしながらシェイプシフターが大声を上げた。
「あの子たち! ほら! やはり違う! 祝福の血は月花亭の娘だけだ!」
「何故分かる?」
「まさか知らないのか?」
にやりと口角を上げる。
「匂いさ! 血の匂いだ! 私はこいつとマニーが傷を診た時の、あの少女の血の付いたハンカチも持っている!」
頬を紅潮させて嬉々として言葉を発する女。ジェインはなるほどなるほどと相槌を打つように頷いた。
「途中からなぜかそれが消えたが、誰か分かれば居場所なんてすぐ追える!」
「あの子の血の匂いはそんなに近隣に充満していたのか? ハルピュイア・クインにまで分かるほど?」
いつの間にか、シェイプシフターはジェインの問いにすぐ答えるようになっていた。存外お喋りな奴らしい。
「いいや、違うね。なぜだか知らんが、あの配達屋だけに纏わりつくように微かに漂っていた。それを知るのは私だけだった! 他のやつは残り香程度に呼ばれたのだろうが、魔のつくものにはそれだけで十分さ。大方配達屋に渡った私が通った跡を、狼連中が自慢の鼻で追いかけてここに来たんじゃないか? そしてその後をハルピュイアどもが尾行でもしたんだろう。やつらはいつも狡賢い」
『看板娘が……なるほどね。しっかしこいつ、ぺらぺらとよく喋るようになったわね』
ジェインがくすっと小さく笑ったが、そのくらいでは今の興奮するシェイプシフターはおかしいとも思わない。
「そうか。それでアシュリーが守護隊本部で怪我をしたから、あいつらにも詳細な場所が一気に知られたのか。でもおかしいな。この街の誰も、あの子が何者かは知らないようだが?」
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